摂社の列の向かって左から5棟目

彌彦神社摂社乙子神社は、新潟県西蒲原郡弥彦村大字弥彦の彌彦神社の境内にある摂社の社殿で、明治45年(1912年)の大火で焼けたのち大正5年(1916年)に再建され、平成10年(1998年)9月2日に国の登録有形文化財に登録された。登録番号は15-0010である。読みは「いやひこじんじゃせっしゃおとこじんじゃ」。

まつられているのは建諸隅命で、天香山命から数えて七代目にあたる。神社の伝えでは、建諸隅命は崇神天皇に大臣として仕え、勅命を受けて彌彦神社の社殿を造営し祭典を整えた神とされる。文化庁の記録では、木造平屋建、銅板葺、建築面積5.0平方メートルの小さな社である。

焼失前と同じ一間社流造

摂末社の8棟は舞殿・楽舎の上段に横一列に並び、明治45年(1912年)の大火ではそのうち3棟が焼けた。焼けた3棟は大正5年(1916年)に焼失前と同じ形式で建て直され、それが草薙神社・今山神社・乙子神社である。向かって右端の十柱神社は焼失を免れた元禄期の社殿で、国の別の制度の指定を受けている。

乙子神社は、正面1間の一間社流造で、浜床・三方の縁・脇障子を付け、屋根は銅板葺とする。今山神社・乙子神社・草薙神社の3棟は同じ規模・同じ形式でそろえられており、乙子神社はその列の左から5棟目にあたる。

見どころと見学

彌彦神社摂社乙子神社は、二之鳥居をくぐった先、参道右手の舞殿の上段に並ぶ摂末社の列の、向かって左から5棟目にある。社殿の前で参拝でき、中に入ることはない。神社によれば、乙子神社の御神廟は境内の御神木のそばにある。

乙子神社にまつられる建諸隅命は彌彦神社の社殿を最初に造営したと伝わる神で、その社が大正の再建で焼失前の形のまま建て直されたことになる。列の右寄りに立つので、右端の十柱神社の古い社殿とも近くで見比べられる。

Q&A

Q彌彦神社摂社乙子神社はどこにありますか。
A彌彦神社の舞殿の上段に横一列に並ぶ摂末社のうち、向かって左から5棟目にあります。
Q彌彦神社摂社乙子神社にはどの神がまつられていますか。
A建諸隅命です。
Q彌彦神社摂社乙子神社の祭神はどんな神ですか。
A天香山命から七代目の建諸隅命で、崇神天皇の勅命で彌彦神社の社殿を造営したと伝えられます。
Q彌彦神社摂社乙子神社はいつ建てられましたか。
A明治45年(1912年)の大火で焼け、大正5年(1916年)に焼失前と同じ一間社流造で再建されました。
Q彌彦神社摂社乙子神社はいつ登録有形文化財になりましたか。
A平成10年(1998年)9月2日に登録されました。登録番号は15-0010です。

基本データ

名称彌彦神社摂社乙子神社(いやひこじんじゃせっしゃおとこじんじゃ)
所在地新潟県西蒲原郡弥彦村大字弥彦2898
指定区分国登録有形文化財(建造物) 登録番号15-0010
指定年平成10年(1998年)9月2日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、銅板葺、建築面積5.0平方メートル、一間社流造
所有者宗教法人彌彦神社
公開状況外観のみ(境内で参拝可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 彌彦神社摂社乙子神社
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000665
越後一宮 彌彦神社 — 摂社・末社
https://www.yahiko-jinjya.or.jp/meguru/setumatusya/index.html

最終更新日: 2026.10.01