萱島酒造裏門とは

萱島酒造裏門は、大分県国東市国東町綱井の萱島酒造にある大正3年(1914年)建造の門で、平成10年(1998年)1月16日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「かやしましゅぞううらもん」。文化庁のデータベースは構造を「煉瓦造及び木造、瓦葺」とし、種別を「その他工作物」としている。

萱島酒造裏門は、その名のとおり醸造所の裏手に開く門である。表側で県道に面する米蔵や門口倉庫が客や荷を迎える顔だとすれば、こちらは醸造場の奥で使われてきた出入口にあたる。

残された煉瓦の親柱

萱島酒造裏門でもっとも古い姿をとどめているのは、一対の煉瓦造の親柱である。文化庁の解説は、この親柱が保存されていることを門の要点として挙げている。

建造年の大正3年(1914年)は、敷地で最大の仕込み蔵と八角形の煉瓦煙突が建った年と重なる。萱島酒造が大きく規模を広げた年に、煙突と同じ煉瓦を用いて裏の出入口も整えられたことになる。煉瓦は、のちの昭和10年(1935年)に造られた木塀の腰にも積まれており、敷地の南側では煉瓦が構えの共通の材料になっている。

親柱とは門の両脇に立って扉を支える太い柱のことで、門の格や構えを最もよく表す部分である。木の門柱ではなく煉瓦を積んだ親柱を選んだところに、大正初めの酒蔵が意識した近代的な構えがうかがえる。

改造を重ねた門が登録された理由

萱島酒造裏門は、建てられた当初の姿をそのまま残す門ではない。文化庁の解説によれば、鉄製の門扉は後から取り替えられたもので、仕込み蔵の南側に付けた下屋に接するように建ち、切妻の瓦屋根が載るほか、シャッターも取り付けられている。

それでも登録されたのは、門が醸造所の歴史を知るうえで意味をもつと評価されたからである。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。現役の酒蔵の門として使い続けるなかで、扉は鉄に、開口にはシャッターが加わり、屋根が掛けられた。大正の煉瓦の親柱と、その後の使い勝手に合わせた手直しが一つの門に重なっていること自体が、萱島酒造裏門の見どころといえる。

萱島酒造裏門の見学

萱島酒造裏門は醸造所の裏手、仕込み蔵の南側に位置する作業用の出入口で、門としていまも使われているとみられる。車両や作業の出入りがあり得るので、門の前に立ち止まったり車を停めたりしないようにしたい。敷地の内側から見学できるかどうかは、SAKE GALLERY東西か蔵元(0978-72-1181)に確かめてほしい。

見るべきは両脇の煉瓦の親柱で、鉄の扉や屋根、シャッターといった後の部材と積み方や色合いを見比べると、どこが大正3年の部分かが読み取りやすい。

Q&A

Q萱島酒造裏門はいつ造られましたか?
A大正3年(1914年)です。仕込み蔵や八角形の煙突と同じ年にあたります。
Q萱島酒造裏門で当初の部分はどこですか?
A一対の煉瓦造の親柱です。鉄製の門扉は後補で、屋根やシャッターも後から加えられています。
Q改造のある萱島酒造裏門がなぜ登録有形文化財なのですか?
A改造はあるものの、醸造所の歴史を知るうえで意味ある門と評価され、国土の歴史的景観に寄与しているものとして登録されました。
Q萱島酒造裏門が登録されたのはいつですか?
A平成10年(1998年)1月16日に、萱島酒造のほかの建物とともに登録されました。
Q萱島酒造裏門は見学できますか?
A作業用の出入口のため、見学の可否はSAKE GALLERY東西か蔵元(0978-72-1181)に確認してください。門の前での駐停車は避けてください。

基本情報

名称萱島酒造裏門(かやしましゅぞううらもん)
所在地大分県国東市国東町綱井392-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成10年(1998年)登録
員数1棟
寸法煉瓦造及び木造、瓦葺(寸法の公表値なし)
所有者萱島酒造有限会社
公開状況非公開(見学は蔵元に要問い合わせ)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):萱島酒造裏門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000504
国指定文化財等データベース(文化庁):萱島酒造木塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000505
文化遺産オンライン:萱島酒造裏門
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/113384
国東市:国登録有形文化財
https://www.city.kunisaki.oita.jp/site/kyouikukage/bunkazaikunitouroku.html

最終更新日: 2026.09.29