岡山県の登録有形文化財
岡山県 · 登録有形文化財
元禄11年(1698年)、岡山藩主池田綱政の命により名匠・津田永忠が築造した石積みの防波堤。瀬戸内海の大多府島に残る日本有数の江戸期港湾遺構で、1998年に防波堤として全国初の国登録有形文化財に登録。北前船や参勤交代の御座船が寄港した歴史ある港の姿を今に伝えます。
旧称は神札殿、読みは「みまもりどの」。明治18年建立、建築面積48平方メートルの木造2階建で、御札と御守りを授与する。社務所と一対をなす。令和6年に登録有形文化財となった御札所の細部と、混雑する時期の目安。
嘉永元年建立の茅葺入母屋造で、建築面積274平方メートル。三六畳半の教場と、教祖が晩年を過ごした居室が残る。明治15年に現在地へ移築。令和6年に登録有形文化財となった記念館の見どころと、内部見学の相談先。
旧称は神饌殿、読みは「みけどの」。明治18年建立、建築面積46平方メートルの木造2階建で、木鼻付大斗肘木と一軒繁垂木を用い、刎高欄付の切目縁が廻る。令和6年に登録有形文化財となった社務所の細部と役割、行き方。
江戸末期の建立で、建築面積58平方メートル。北面は切妻造、南面は入母屋造とし、外壁は腰高の焼杉板張。旧布教所兼主屋の正門にあたる。令和6年に登録有形文化財となった長屋門の見どころと、公道からの見学方法。
明治18年建立、建築面積262平方メートル。破風が二つ並ぶ比翼入母屋造の屋根を架け、長大な虹梁で柱を省いた広い教場を持つ。令和6年に登録有形文化財となった拝殿の構造と、月例祭への参列やご祈念の申し込み方法。
拝殿と社務所を結ぶ明治18年の渡廊下。建築面積27平方メートル、平面は矩折で、床は高く張られ天井は竿縁天井。北面から武道館への渡廊下が分岐する。令和6年に登録有形文化財となった北回廊の構造と見学の要点。
拝殿と御札所を結ぶ明治18年の渡廊下。建築面積27平方メートル、平面は矩折で、隅部の床下は物置とする。北回廊と対をなして前庭を三方から囲む。令和6年に登録有形文化財となった南回廊の構造と見どころ、行き方。
明治32年に布教の中心道場として建立。建築面積616平方メートルで、木造トラスを用いて200畳に及ぶ無柱空間を実現した。令和6年に登録有形文化財となった武道館の構造と、常設展示や施設利用の問い合わせ先。
黒住教発祥の地に明治18年建立。建築面積37平方メートルの入母屋造銅板葺で、正面に千鳥破風、三間の向拝に軒唐破風を据え、伝統的な彫刻と錺金具で飾る。令和6年に登録有形文化財となった本殿の見どころ、通り抜け参拝の日程と行き方。
明治18年の平唐門と、本殿を囲む総延長62メートルの瑞垣。門の間口は2.2メートルで、冠木上には浪に兎の彫刻を飾り、切石積の基壇に建つ。令和6年に登録有形文化財となった門及び瑞垣の細部と、門が開かれる日。
岡山県岡山市北区内山下のおかやま旧日銀ホールは、大正11年(1922年)竣工の国登録有形文化財。長野宇平治の設計で、コリント式の柱と三角ペディメントを持つ古典主義建築。現在はルネスホールとして使われている。
岡山県岡山市北区丸の内の岡山禁酒会館は、大正12年(1923年)竣工の国登録有形文化財。禁酒運動の拠点として建てられた木造3階建で、昭和20年の岡山空襲を免れた。現在も1階にカフェが入り使われ続けている。
岡山県総合グラウンドクラブ(旧岡山偕行社)は岡山市北区の運動公園内に建つ明治43年建築の木造洋風建築。陸軍第十七師団の将校の社交場で、半円ペディメントとイオニア式円柱を木で仕立てる。平成24年に登録有形文化財。
岡山県庁議会棟旧館は昭和32年に本館と同時竣工した前川國男設計の議事堂で、令和6年12月に登録有形文化財となった。三階が四周に張り出し、孔開きホロー・ブリックが手摺を途切れずにめぐる。外観は敷地内から自由に見学できる。
岡山県庁西庁舎は昭和46年竣工、前川國男設計の五階建て庁舎で、令和6年12月に登録有形文化財となった。打放しコンクリートの格子状立面と、地上階をピロティとする構成が本館と対をなす。平成16年には免震工法で耐震化された。
岡山県庁本庁舎本館は昭和32年竣工、前川國男設計の九階建て庁舎で、令和6年12月に登録有形文化財となった。岡山城二の丸跡に建ち、ピロティ上の回廊と黒いカーテンウォール、橙色のホロー・ブリックが見どころ。
岡山市の岡山朝日高校の校地に残る大正八年築の木造柔道場。床組にバネを装置して弾力をもたせた珍しい造りで、全国大会を八連覇した旧制六高の柔道部を支えた。空襲を免れ創立期の姿を今にとどめる登録有形文化財である。
岡山朝日高校の西辺に立つ石造正門と、校地を囲う総延長一〇三二メートルの石積。明治三十三年の旧制六高創立の年に築かれ、登録四件で最も古い。割石の谷積と布積を併用し、公道から眺められる登録有形文化財である。
岡山朝日高校の北辺に東書庫と並び立つ、昭和五年築の鉄筋コンクリート造書庫。コーニスや連続窓を年長の煉瓦造書庫にそろえ、二棟が一続きに見えるよう設計された。空襲を免れ旧制六高の記憶を今に残す登録有形文化財である。