江戸
Edo江戸時代(1603 – 1868)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
東京都檜原村、標高約750メートルの尾根に建つ茅葺の山岳民家。18世紀前半の入母屋造で、昭和53年に重要文化財に指定された。2008年まで人が住み、保存修理で創建時の姿に復原された。専用モノレールで訪ねる。
浅草寺伝法院は東京都台東区浅草にある浅草寺の本坊で、安永5年(1776年)の客殿、翌年の玄関と明治・大正期の書院群・台所の6棟が重要文化財。江戸の市中で近世にさかのぼる希少な大寺院本坊の建築として残る。
浅草寺二天門は東京都台東区浅草の浅草寺にある慶安2年(1649年)頃の八脚門で、重要文化財。境内にあった東照宮の随身門と伝わり、明治に二天門と改められた。三棟造の天井と、二種の赤の塗り分けが特徴である。
旧台徳院霊廟惣門は、二代将軍徳川秀忠の霊廟の表門として寛永9年に建てられた三間一戸八脚門。霊廟の大半は昭和20年の空襲で焼失し、四つの門のうちこの惣門だけが芝公園の現地に残る。仁王像を伴い、背後に東京タワーが立つ。
東京都青梅市駒木町の郷土博物館構内に建つ旧宮崎家住宅は、江戸末期の農家建築。昭和53年に重要文化財となり、成木の山中から移築復元された。杉皮と茅を交互に葺く屋根と三間取広間型の間取りが残る。入館は無料。
有章院霊廟二天門は、7代将軍徳川家継のために吉宗が造営させた将軍家最後の霊廟の惣門で、享保2年の建立。昭和20年の東京大空襲で霊廟のほとんどが焼失するなか焼け残った。総朱漆塗の八脚門に、広目天と多聞天の二天像が立つ。
東京都調布市入間町の新井家住宅内蔵は、主屋の座敷裏手に蔵前座敷をはさんで接する江戸末期の旧文庫蔵。桁行3間・梁間2間の土蔵造2階建で、切妻造の置屋根、土壁の鉢巻、西妻の土戸を残す。平成26年(2014年)登録。
東京都調布市入間町の新井家住宅主屋は、屋敷林に囲まれた敷地の中央に南東を向いて建つ江戸末期の木造平屋の農家。寄棟造の茅葺を鉄板で仮に覆い、右手の土間と床上5室の間取りをもつ。平成26年(2014年)に登録有形文化財に登録。
東京都福生市熊川の石川酒造長屋門は、江戸末期の木造平屋建の長屋門で、石川家が熊川で酒造りを始める前の屋敷構えを残す。入母屋造・銅板葺で中央に門口、左右に部屋をもち、正面の軒だけを出桁造として深く張り出す。
東京都福生市熊川の石川酒造文庫蔵は、内部の階段の墨書から文久3年(1863年)の建築で、もとは宝蔵とわかる土蔵造2階建の蔵。桁行6.3メートルと小さいが上質なつくりで、6件で唯一「造形の規範」として登録された。
東京都大田区北嶺町に建つ御嶽神社水行堂は、慶応3年(1867)頃に建てられた木曽御嶽信仰の水垢離(みずごり)施設。龍の彫刻欄間や井戸付きの内部空間など、幕末の宗教建築を御嶽山駅から徒歩約2分の好立地で味わえる、国登録有形文化財です。
慶応四年、最後の将軍徳川慶喜が江戸城を出て二か月を過ごした書院が葵の間。十畳と八畳からなる質素な座敷で、下地窓や地袋棚に数寄屋風の趣を添える。徳川の世が終わった場が今も保たれている。
ギャラリー・エフ蔵は東京都台東区雷門、隅田川沿いにある慶応4年(1868年)の土蔵造2階建の蔵で、登録有形文化財。材木問屋竹屋の内蔵で、関東大震災と戦災をくぐり抜けた下町の土蔵として貴重であり、喫茶店併設のギャラリーとして公開されている。
東京都青梅市の旧吉川英治邸(草思堂)土蔵は、弘化4年(1847年)建築で敷地最古の建物。棟札に「風門之倉庫」と記され、南東隅に建つ巽蔵である。掛子塗の観音扉や鉢巻を残す土蔵造2階建。2023年登録の国登録有形文化財。
東京都青梅市の旧吉川英治邸(草思堂)長屋門は、江戸末期の養蚕農家の表構え。袖部屋は戦時中に都市からの疎開者の住居となり、戦後は吉川英治が書庫や物置に用いた。出格子やつしの窓を残す。2023年登録の国登録有形文化財。
東京都台東区池之端の教證寺本堂は、安政4年(1857年)建立の土蔵造平屋建。桁行9.9メートル梁間15メートルの寄棟造妻入で、向拝や軒まわりまで漆喰を塗り込めた防火の堂。平成22年に国の登録有形文化財となった。
功運寺鐘楼は中野区上高田の萬昌院功運寺に建つ方一間の鐘楼。寛延2年(1749年)頃の建築で大正3年(1914年)に移築された。詰組の組物と籠彫の木鼻、獅子形の木鼻が見どころで、平成26年(2014年)に登録された。
国際基督教大学泰山荘待合は、岡山藩主池田家の茶室「池亭」を移したと伝わる江戸時代末期の茅葺の建物。崖下の高風居を本席とした茶会で、客の控えの場として使われた。土間を持つ農家風の姿と見学条件を解説する。
西東京市田無町に建つ下田家住宅主屋は、旧田無村の名主を世襲した下田家の住まい。江戸末期築で市内最古の民家とされ、二〇一九年に登録有形文化財となった。入母屋造銅板葺の佇まいが郊外に残る農村の面影を伝える。
東京・檜原村数馬の谷あいに建つ蛇の湯温泉たから荘。富士型二重兜造の茅葺屋根をもつ江戸後期の大型民家で、平成25年に登録有形文化財となった。大蛇の言い伝えが残る単純硫黄冷鉱泉に、都内唯一の秘湯の宿として今も湯をたたえる。