明治
Meiji明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
兵庫県西脇市のコヤノ美術館西脇館(旧藤井家住宅)庭門及び塀は、明治後期の一間薬医門と腰板張の塀。庭側に石製の控柱を立て、基礎は切石積とする。主屋と表門の間で座敷前庭と玄関道を仕切る門で、平成27年に登録有形文化財となった。
兵庫県三田市にある三田学園中学本館は、1912年に建てられた木造2階建てのスティックスタイル校舎です。英国のイートン校を範とした気品ある意匠で、国の登録有形文化財に登録されています。100年以上経った今も現役の校舎として使われ続ける貴重な近代建築をご紹介します。
兵庫県尼崎市大庄北、武庫川左岸の島中家の主屋。明治19年(1886年)建築の入母屋造桟瓦葺の平屋で桁行20メートル。東を落棟とし三方に下屋、軒裏まで漆喰塗込め、つし二階に虫籠窓を開く。南西の座敷に式台玄関。
兵庫県尼崎市大庄北、島中家の主屋の北面に接続する明治前期の土蔵。主屋の奥の間から出入りする内蔵で、本瓦葺の置屋根を載せ、鉢巻まで漆喰、下は竪板張り。敷地北辺に並ぶ3棟の土蔵のうち最大で、唯一の2階建である。
兵庫県尼崎市大庄北、島中家の主屋南西の前庭を囲う明治19年(1886年)の木造の塀。延長11メートル。布石に柱を半間ごとに立て腕木で桟瓦葺の屋根を受け、南面は内外で仕上げを変え、西面は格子欄間を設ける。
兵庫県尼崎市大庄北、島中家の敷地北辺に並ぶ3棟の土蔵の真ん中に建つ明治前期の平屋の蔵。切妻造本瓦葺で、漆喰で塗り上げた軒裏に垂木形を見せ、南面の戸口の庇を曲木の持送りで受ける。建築面積15平方メートル。
兵庫県尼崎市大庄北、島中家の敷地北辺で大中小の土蔵の東端に寄り添う明治中期の小さな納屋。切妻造桟瓦葺の真壁造で、漆喰と竪板張りで仕上げ、東蔵の外壁を共有する。内部は土間一室、建築面積5.9平方メートル。
兵庫県尼崎市大庄北、島中家の敷地北辺に大中小と並ぶ明治前期の土蔵3棟のうち、最も小さく東端に建つ蔵。中蔵とほぼ同じ意匠で半間短く、軒裏の垂木形、竪板張り、北面中央の窓を備える。建築面積12平方メートル。
たつの市新宮町千本、大庄屋・内海家の屋敷東端に建つ明治中期の土蔵造二階建。東面と北面は縦板張、南面と西面は軒まで漆喰で塗り込め、西側には下屋と片引の大戸を構える。平成16年に国の登録有形文化財となった。
高井家住宅土蔵一は兵庫県加西市北条町横尾の主屋西脇、旧街道沿いに建つ明治初期の道具蔵。桁行2間・梁行2間、建築面積15平方メートル。土壁の上に小屋組を載せる置屋根形式をとり、登り梁で2階の高さを確保している。
高井家住宅土蔵二は兵庫県加西市北条町横尾で主屋の東側に接して建つ明治初期の土蔵。桁行3間半・梁間2間、建築面積27平方メートル。むくりをもつ梁に母屋を置く希少な屋根構造により、再現が容易でないとして登録された。
鷹津家住宅表門及び塀は、姫路市御国野町深志野の敷地西辺に建つ切妻造の棟門と白漆喰の塀。棟木を蟇股で支え、腕木で出桁を受ける格式ある造りで、明治中期の建築。令和3年に登録有形文化財となった。
鷹津家住宅厨及び井戸場は、姫路市御国野町深志野の敷地北西隅に道路沿いに建つL字形の付属屋。東西棟の厨と南北棟の井戸場からなり、道路側を漆喰塗とする。明治中期の建築で、令和3年に登録有形文化財となった。
鷹津家住宅道具蔵は、姫路市御国野町深志野の敷地西辺に建つ木造二階建の土蔵。正面腰を七宝形の海鼠壁で飾り、木瓜形の戸口を設ける。明治前期の建築で登録五棟中最古、令和3年に登録有形文化財となった。
姫路市御国野町深志野に建つ鷹津家住宅主屋。江戸後期から続く医家が明治27年頃に建てた入母屋造本瓦葺で、個人宅には珍しい唐破風の玄関と西側の旧診療所を備える。令和3年に登録有形文化財となった。
鷹津家住宅庭門及び塀は、主屋前庭を玄関側と座敷庭に仕切る腕木門と塀。黒漆喰で仕上げ、塀に名栗材の格子窓を一間ごとに開く。明治40年頃の建築で登録五棟中最新、令和3年に登録有形文化財となった。
尼崎市西昆陽の田近家住宅で、主屋の東北に蔵前を介して続く明治中期の衣装蔵。桁行6m・梁間4.4mの2階建て土蔵で、切妻造本瓦葺。白漆喰の外壁の一部を焼杉板張とし、内部は板張りで梁に束を立てて棟木を支える。
尼崎市西昆陽の田近家住宅で、敷地西辺の油蔵の南に建つ明治中期の米蔵。桁行9.6m・梁間3.9mの土蔵造2階建てで、切妻造本瓦葺の置屋根。棟や竪板の高さ、窓の位置を道具蔵及び油蔵と違え、変化のある蔵の並びをつくる。
尼崎市西昆陽の田近家住宅の中央に南面する母屋。江戸後期の建物を明治20年頃に改築し、桁行19m・梁間12mの平屋につし2階を備える。西を入母屋、東を切妻とし、茶室などを加えた複雑な屋根と黒漆喰の壁が庄屋の構えを伝える。
尼崎市西昆陽の田近家住宅で、敷地南辺に通りに面して建つ長屋門。明治20年頃に現在の形となった桁行13mの木造平屋で、西寄りに門口と潜戸、東側を部屋とする。黒漆喰に竪板の腰を張り、水路と生垣とともに屋敷の表構えをつくる。