明治
Meiji明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
小田垣家住宅塀は丹波篠山市の小田垣商店の店舗南西隅から延びる明治末期の延長22メートルの塀で、2007年に登録有形文化財となった。竪板張りと土壁に瓦を葺き、座敷と茶室の位置に銅板葺の庇の庭門を開く。公道から見られる。
豊岡市森尾の平尾家住宅で道具蔵から西の門まで、米蔵から東の門まで続く明治中期の外塀。総延長58メートル、棟高2.0メートルで、切石土台に1.0メートルごとに柱を立て、通り側を漆喰、内側を中塗りで仕上げる。
豊岡市森尾の平尾家住宅で森尾川南の屋敷地の西端に建つ明治中期の西の門。桁行3.2メートル、棟高2.5メートルの切妻造の腕木門で、中央に引き分け戸を立てる。西からの通りの正面に建つ、小規模ながら印象的な通用門。
豊岡市森尾の平尾家住宅で米蔵の東、大工小屋の南面西端に設けられた明治中期の井戸屋。2.7メートル四方の上屋に米蔵の庇から続く招屋根を架け、中央に石組みの井戸を据えて周囲を三和土で仕上げた水まわりの施設。
豊岡市森尾の平尾家住宅で主屋の式台玄関の南、石橋の北東に立つ明治中期の中門と板塀。中門は間口1.5メートルの腕木門で、左右に延長12メートルの黒漆喰の板塀が延び、主屋の正面に風格のある構えをつくっている。
豊岡市森尾の平尾家住宅で離れの玄関の南、森尾川に面して建つ明治中期の御成門と塀。桁行2.5メートルの腕木門で両袖に白漆喰の壁を設け、川沿いに延長27メートルの塀が延びる。塀には横格子窓や潜りを設けている。
豊岡市森尾の平尾家住宅で離れと主屋の庭を区切る明治中期の仕切塀と門。宝蔵の南から川の石垣上の庭塀まで延び、北寄りに間口1.1メートルの腕木門を構える。離れ側を白漆喰、主屋の庭側を中塗りで仕上げ分けている。
豊岡市森尾の平尾家住宅で離れの正面と奥の庭を区切る明治中期の仕切塀と潜り門。上便所の南面から川沿いの塀まで延び、中央に間口1.0メートルの板戸を立てる。北端の間は上便所の軒下に入るため屋根を省いている。
豊岡市森尾の平尾家住宅で陶器蔵の東に付く明治中期の蔵前と裏門。桁行1間の切妻造で、東と南を開け放ち、北の陶器蔵と塩噌蔵のあいだに両開戸を立てて裏門とする。妻上部の真壁が白い土蔵群のなかでアクセントになっている。
豊岡市森尾の平尾家住宅で新蔵・塩噌蔵・陶器蔵に囲まれた明治中期の水溜。1.8メートル四方、深さ0.45メートルの切石組みで縁を煉瓦で立ち上げ、西蔵まで15メートルの雨水溝が続く。蔵の雨水を始末した施設。
豊岡市森尾の平尾家住宅で宝蔵の北面から離れ北塀の西端に至る明治中期の仕切塀と潜り門。延長10メートルの板塀で奥の庭と隠居屋の庭を分け、庭ごとに板の張り方を変える。宝蔵に接して棟の高い潜り門を構えている。
豊岡市森尾の平尾家住宅で離れ北塀の西端から隠居屋の東面に至る明治中期の塀と門。東塀は延長8.6メートルで、貫から下に竪板を張り上を開け放す軽快なつくり。隠居屋寄りに間口1.6メートルの腕木門を構える。
泊神社末社種子神社本殿は、兵庫県加古川市の泊神社の境内にある明治期の一間社流見世棚造の小祠で、平成20年に登録有形文化財となった。住吉神社本殿と一連で建てられたとみられる。
本多錦吉郎が1890年(明治23年)に描いた油彩画《羽衣天女》は、三保の松原と富士山を背に飛翔する天女を西洋画の技法で表現した明治洋画の傑作です。2024年に国の重要文化財に指定された本作は、兵庫県立美術館(神戸市)に所蔵されています。日本古来の主題と西洋画の融合、画家本多錦吉郎の歩み、太平洋を二度越えた来歴、見どころと来館情報を、海外からの旅行者にもわかりやすく紹介します。
北海道網走市の博物館 網走監獄に保存される旧網走監獄の教誨堂と庁舎は、明治45年に再建された木造建築の重要文化財です。和洋折衷の講堂と水色とグレーの庁舎が、明治期の監獄建築と北海道開拓史を今に伝えます。
北海道網走市の西方丘陵地に明治29年に開設された二見ヶ岡刑務支所は、農園を持つ全国でも珍しい刑務所建築群です。明治・大正・昭和の三時代にわたる炊場、教誨堂及び食堂、鍵鎖附着所、舎房の4棟が、庁舎とともに国の重要文化財に指定されています。平成11年に博物館網走監獄に移築され、現存最古の木造刑務所として行刑史上の貴重な遺構を伝えています。
明治10年に札幌の市街中心部へ建てられた木造二階建ての庁舎。開拓使工業局の営繕課が米国の建築雛形書を写しながら洋風建築を習得した過程を、棟飾りや破風の彫り飾りに残す。工業局工作場の現存唯一の遺構として重要文化財に指定。
北海道小平町の海岸に建つ旧花田家番屋は、明治38年頃に網元花田伝作が築いた道内最大の鰊番屋。約200人のヤン衆が寝泊まりした宿所と親方の座敷、三つの囲炉裏が残り、建造物として日本最北の国指定重要文化財に指定されている。
太刀川家住宅店舗は北海道函館市弁天町にある明治33年(1900年)の煉瓦造2階建の店舗で、重要文化財。煉瓦造と木造トラスの洋風構造で土蔵造の外観をもち、内部は和風を基本に洋風を取り入れた和洋折衷の店舗である。
旧日本郵船株式会社小樽支店は北海道小樽市色内にある明治39年(1906年)竣工の石造2階建の建物で、重要文化財。当初の照明器具や暖炉がよく残り、明治39年の樺太国境画定会議が開かれた歴史的な遺構でもある。