大正

Taishō

大正時代(1912 – 1926)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

3,054 件 大正時代 1912 – 1926
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原家住宅離れ
新潟県 大正
原家住宅離れ

原家住宅離れは新潟県新潟市江南区二本木の主屋北東に建つ大正3年(1914年)頃の隠居所。桁行六間に4室を田の字形に並べ、南の縁側の外に掃出しのガラス戸を立てた開放的な造り。平成28年に登録有形文化財。

万内川一号堰堤
新潟県 大正
万内川一号堰堤

万内川一号堰堤は大正10年頃に妙高市西野谷で築かれた砂防堰堤。堤長43メートル、堤高5.0メートル。緩い勾配と厚い天端の堅固なつくりで、粗石コンクリート造の初期の例として平成15年に登録有形文化財となった。

万内川三号堰堤
新潟県 大正
万内川三号堰堤

万内川三号堰堤は大正11年頃に妙高市西野谷の万内川に築かれた石積みの砂防堰堤。堤長35メートル、堤高2.0メートル。当初の空積を昭和初期に練積で補強し、右岸側に長く伸びる形をもつ。平成15年登録有形文化財。

万内川十一号堰堤
新潟県 大正
万内川十一号堰堤

万内川十一号堰堤は大正15年頃に妙高市西野谷の狭窄部に築かれた砂防堰堤。堤長33メートル、堤高4.0メートル。中央の水通しでほぼ左右対称をなし、石張の水叩きと広い水通しで洗掘を防ぐ。平成15年登録有形文化財。

万内川十号堰堤
新潟県 大正
万内川十号堰堤

万内川十号堰堤は大正15年頃に妙高市西野谷で築かれた砂防堰堤。堤長42メートル、堤高3.5メートル。前後の堰堤と約120メートルの間隔で並び、地すべり区間に低堰堤を連ねた計画を示す。平成15年登録有形文化財。

万内川十二号堰堤
新潟県 大正
万内川十二号堰堤

万内川十二号堰堤は大正14年頃に妙高市西野谷の万内川に築かれた砂防堰堤。堤長38メートル、堤高4.2メートル。堤体全体を精緻な谷積で築き、堤頂を中央へ傾け、右岸側に石造銘板を付ける。平成15年登録有形文化財。

万内川七号及び八号堰堤
新潟県 大正
万内川七号及び八号堰堤

万内川七号及び八号堰堤は、大正15年頃に妙高市西野谷の万内川に並べて築かれた2基の砂防堰堤。七号の上流右岸から灌漑用水を取り込み、取水堰も兼ねる類例の少ない構造物として平成15年に登録有形文化財となった。

万内川四号堰堤
新潟県 大正
万内川四号堰堤

万内川四号堰堤は大正11年頃に妙高市西野谷で築かれた砂防堰堤。堤長26メートル、堤高4.0メートル。前面の副堰堤との間を石張の水叩きで結び、右岸は曲線の石積護岸でつなぐ二段構成。平成15年に登録有形文化財となった。

万内川六号堰堤
新潟県 大正
万内川六号堰堤

万内川六号堰堤は大正12年頃に妙高市西野谷の万内川に築かれた砂防堰堤。堤長37メートル、堤高2.0メートル。幅15メートルの水通しを深く切り込み、七号・八号堰堤と階段状に連なる景観をつくる。平成15年登録有形文化財。

日影沢一号床固工
新潟県 大正
日影沢一号床固工

日影沢一号床固工は妙高市西野谷の日影沢に大正後期に築かれた石造の床固工。堤長30メートル、堤高5.0メートル。日影沢床固工群の最下流で最大規模の一基として基幹的な役割を担い、平成15年に登録有形文化財となった。

日影沢上流域床固工
新潟県 大正
日影沢上流域床固工

日影沢上流域床固工は妙高市西野谷の日影沢上流域に大正後期から昭和12年頃に築かれた石造床固工群。約40%の急斜面に5基と支流の1基を切石の谷積で精緻に築いており、平成15年に登録有形文化財に登録された。

日影沢中流域床固工
新潟県 大正
日影沢中流域床固工

日影沢中流域床固工は妙高市西野谷の日影沢に大正後期から昭和12年頃に築かれた石造床固工群。延長302メートルの約30%の急斜面に32基が湾曲しながら連なり、平成15年に登録有形文化財となった。空積の修繕も進む。

平田大六家住宅主屋
新潟県 大正
平田大六家住宅主屋

平田大六家住宅主屋は新潟県関川村小見に大正10年に竣工した酒造家の主屋。建築面積504平方メートルの大規模な近代和風建築で、書院風に統一された座敷と豪壮な梁組を見せる台所が評価され登録有形文化財となった。

平田大六家住宅味噌蔵・米蔵
新潟県 大正
平田大六家住宅味噌蔵・米蔵

平田大六家住宅味噌蔵・米蔵は新潟県関川村小見の酒造家の屋敷の東南隅に建つ大正年間の土蔵造の蔵。中央の間仕切りで北半分を味噌蔵、南半分を米蔵に分け、急勾配の置屋根に桟瓦を葺く。国の登録有形文化財である。

北方文化博物館新潟分館表門
新潟県 大正
北方文化博物館新潟分館表門

新潟市中央区の北方文化博物館新潟分館表門は、大正4年に伊藤家が別邸を整えた際に建てた間口1間の木造の門です。銅板葺の屋根にゆるやかな起りをもたせ、軒裏を木舞打とした数寄屋風の意匠で来館者を主屋へ導きます。

北方文化博物館新潟分館茶室
新潟県 大正
北方文化博物館新潟分館茶室

新潟市中央区の北方文化博物館新潟分館茶室は、大正14年頃に建った三帖台目の数寄屋風の茶室で、のちに會津八一が「清行庵」と名付けました。屋根はもと急勾配の茅葺で、現在も茶会の会場として貸し出されています。

北方文化博物館新潟分館土蔵
新潟県 大正
北方文化博物館新潟分館土蔵

新潟市中央区の北方文化博物館新潟分館土蔵は、大正4年に伊藤家が敷地の最も奥の北隅に建てた2階建の蔵です。切妻造・妻入で、妻面に観音扉と下屋庇を設け、他の三面の1階を海鼠壁、上部を白漆喰で仕上げています。

北方文化博物館新潟分館待合
新潟県 大正
北方文化博物館新潟分館待合

新潟市中央区の北方文化博物館新潟分館待合は、大正14年頃に建った建築面積2.3平方メートルの腰掛待合です。曲がった自然木を用い、腰掛は主屋と茶室を望み、背面に大きな窓を開けます。分館7棟で最小の建物です。

北方文化博物館新潟分館煉瓦塀
新潟県 大正
北方文化博物館新潟分館煉瓦塀

新潟市中央区の北方文化博物館新潟分館煉瓦塀は、大正4年に伊藤家が築いた高さ約3メートル、全長37メートルの塀です。外側は煉瓦を見せ、内側は控えと柱型を備えたモルタル塗で、煉瓦造からコンクリート造への転換期を示します。

森医院家財蔵
新潟県 大正
森医院家財蔵

森医院家財蔵は新潟県佐渡市真野新町の医家・森家の土蔵造2階建の蔵。外壁は下見板張で、正面の扉と東側面の窓だけを漆喰で仕上げ、正面の下屋にガラス戸を立てる。文化庁は大正期の建築とし、平成18年に登録された。