全国の登録有形文化財
全国の登録有形文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
鳥取県米子市に佇む旧米子角盤町郵便局舎は、昭和10年(1935年)築の木造洋館建築。国登録有形文化財に登録され、現在は地域交流拠点「YORAIYA角盤」として新たな歴史を刻んでいます。建築の見どころやアクセス情報をご紹介します。
鳥取県琴浦町の赤碕商店街に佇む塩谷定好写真記念館ギャラリー棟は、1874年(明治7年)に廻船問屋の土蔵として建てられ、戦後に日本の芸術写真の先駆者・塩谷定好が写真スタジオに改修した登録有形文化財です。明治の蔵建築と世界的写真家の足跡を同時に体感できる、写真愛好家必訪の文化財です。
鳥取県倉吉市の山あいを流れる清水川に昭和12年築かれた重力式砂防堰堤。堤高7メートルは五基のうち最も高く、水通し下部には約1メートル四方の大きな水抜き穴が開く。谷積と布積を組み合わせた石積の表情も見どころ。
鳥取県倉吉市の清水川最上流に立つ昭和14年築の重力式砂防堰堤。堤長63メートル、堤高4メートルで、越流を受ける副堰堤と護岸を備え、水通しの角は一割法で築く。侵食で裸地化した斜面に緑が戻り、石積がその森へ溶け込む。
鳥取県倉吉市の清水川に昭和13年築かれた群最長、堤長80メートルの重力式砂防堰堤。左袖には名称・竣工年度・内務省の略章を陰刻した石造銘板が嵌め込まれ、布積の副堰堤と石積護岸を良好に残す。誰がなぜ築いたかを石が記録する。
鳥取県倉吉市関金町今西に立つ昭和13年築の重力式砂防堰堤で、清水川五基の最下流。左岸袖に農業用水路を穿ち、一枚の壁で出水時の土砂を止めつつ下流の田へ水を導く。最下流ゆえ水通しを幅広く取り、下手に副堰堤を配する。
鳥取県倉吉市の清水川に昭和19年、群の最後に築かれた重力式砂防堰堤。川の湾曲部に据え、水通しを右に寄せて流路を整え、矩形の水抜きをほぼ左右対称に配す。回復した森に灰色の石積が収まり、背後には蒜山の稜線が遠く望まれる。
鳥取県八頭郡八頭町に位置する大樹寺開山堂は、歴代住職の位牌を安置する国登録有形文化財。日本一の有楽椿や鎌倉期の宝篋印塔とともに、曹洞宗の深い歴史を伝える禅寺の魅力をご紹介します。
鳥取県智頭町の智頭宿に建つ国登録有形文化財「智頭消防団本町分団屯所」。昭和16年建築の木造2階建て洋館で、屋根上の火の見櫓が印象的な現役の消防屯所。石谷家住宅の向かいに立つ智頭宿のランドマークをご紹介します。
鳥取県智頭町の国登録有形文化財「旧山形小学校校舎」。昭和17年に地元の智頭杉と住民の手で建てられた全長81mの木造校舎で、林業資料や森林鉄道の展示を通して山里の記憶に触れられます。
鳥取県米子市の皆生温泉に建つ東光園本館「天台」は、建築家・菊竹清訓が1964年に設計したメタボリズム建築の集大成です。6本の主柱から客室を吊り下げる世界唯一の「ダブルピロティ」構造を持ち、2017年に国登録有形文化財に登録されました。彫刻家・流政之による七庭や弱アルカリ性の美肌の湯とともに、泊まって体感できる文化財として注目を集めています。
鳥取県米子市道笑町に建つ国登録有形文化財「米子専門大店」。大正13年(1924年)ごろに村岡産業が建てた米子初の貸しビルで、設計は原八十吉。鉄筋コンクリート造3階建で、石造風の外壁にアーチ形の入口や米子銀行の記章が残る、商都・米子の歩みを伝える近代建築の見どころを解説します。
昭和7年(1932年)に宮大工の手で建てられた鳥取県三朝温泉の旅館大橋本館は、国登録有形文化財に指定された木造3階建の名旅館。足元自噴の天然温泉と数寄屋造りの客室が魅力です。
鳥取県八頭町にある若桜鉄道安部駅プラットホームは、昭和7年(1932年)に築かれた延長72mのコンクリート造構造物。花崗岩を3段に積んだ側壁とガラス張りの開放的な待合所が特徴で、平成20年に国の登録有形文化財に登録されました。映画『男はつらいよ 寅次郎の告白』のロケ地としても知られ、戦前の地方鉄道の情景をそのまま体感できる稀有な現役駅です。
鳥取県八頭郡八頭町にある若桜鉄道因幡船岡駅は、昭和4年築の木造駅舎と花崗岩積みプラットホームが国の登録有形文化財に登録された貴重な鉄道遺産です。昭和レトロな待合室や天満山公園の桜など、見どころとアクセス情報をご紹介します。
鳥取県八頭町にある若桜鉄道八東駅のプラットホームは、昭和5年(1930年)の若桜線開通時に築かれた石積みの駅施設。ホーム中央には昭和29年建設のガラス張り待合室がたたずみ、平成20年に国の登録有形文化財として登録されました。沿線の鉄道遺産23件の一括登録は日本初の事例で、昭和初期の地方鉄道の姿を今に伝える貴重な近代化遺産として、今も静かに旅人を迎えています。
絲原家住宅の御成門。江戸末期の建築で、木造瓦葺・間口約二・三メートル、袖塀を伴う。貴人の公式の来訪のためだけに開かれた儀礼の門で、松江藩主の本陣を務めた家の格式を示す登録有形文化財である。
絲原家住宅の金屋子神社。明治二十九年(一八九六)建築で、木造平屋建・鉄板葺・建築面積約〇・九平方メートル。たたら製鉄の守り神を祀る、邸内で最も小さくも家業の核心を映す登録有形文化財である。
絲原家住宅の米蔵。江戸末期の建築で、登録された絲原家の蔵のうち最も古い。士分格を有する登録上の百姓でもあった一族の、米に支えられた古い生業を映す土蔵造二階建の登録有形文化財である。
奥出雲でたたら製鉄を営んだ鉄師・絲原家の主屋。大正十三年(一九二四)の再建で、木造二階一部平屋建、約四十室・建坪三百五十坪を数える。松江藩主を迎えた大邸宅の中核をなす登録有形文化財である。