全国の登録有形文化財
全国の登録有形文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
岡山県真庭市に鎮座する木山神社の拝殿は、大正八年(1919年)に建築技師・江川三郎八が設計した木造平屋建の優美な建築です。入母屋造銅板葺の屋根に唐破風造の三間向拝が張り出し、小屋組には西洋のトラス構造を採用するなど、伝統と近代の意匠が見事に融合しています。2017年に国の登録有形文化財に指定され、千二百年以上の歴史を誇る神社の中心として、今も多くの参拝者に親しまれています。
岡山県真庭市の木山神社に伝わる渡廊下は、大正8年(1919年)に建築技師・江川三郎八の手で設計された木造銅板葺の小さな名建築。拝殿と社務所をなだらかな弧で結び、繊細な虹梁や吹寄垂木、緩やかな床の起りなど職人技が随所に光る。平成29年に国の登録有形文化財に指定。創建1200年を超える木山神社の歴史とともに、伝統的な社寺建築の美を体感できる空間です。
岡山県赤磐市の旧赤坂尋常高等小学校校舎は、明治43年(1910年)に岡山県の建築技師・江川三郎八の関与のもと建てられた木造2階建ての校舎です。アーチ状の玄関装飾や屋根の菊水レリーフなど「江川式建築」の特徴を備え、平成30年に国の登録有形文化財に登録されました。現在は私設の「子ども図書館ほたる」として、明治のぬくもりに包まれた読書空間を提供しています。
岡山県真庭市勝山、旭川の東岸・神橋のたもとに建つ「旧岡野屋旅館客室棟」は、明治後期に建てられた木造2階建の登録有形文化財です。川面に迫り出した縁とガラス障子が連なる外観は、出雲街道の宿場町と高瀬舟の発着場として栄えた勝山の歴史的景観を今に伝えます。
岡山県真庭市勝山、旭川と神橋のたもとに静かに佇む明治期の門と板塀。一間棟門に吹寄菱格子の繊細な欄間、銅板葺の屋根、塀には七宝文の透欄間と潜戸を備え、平成26年に国の登録有形文化財に登録されました。出雲街道の宿場町・城下町として栄えた勝山の町並みを今に伝える優美な構成資産です。
旧片上鉄道吉ヶ原駅駅舎は、柵原鉱山の鉱石を運んだ片上鉄道が昭和6年(1931年)に終点柵原まで延びた際の木造駅舎。待合室に急勾配の切妻屋根を載せた姿で知られ、廃線後は柵原ふれあい鉱山公園の入口として無料で見学できる。
旧勝田郡役所庁舎は明治45年(1912年)竣工の木造2階建の郡役所。玄関上の塔屋、下見板と竪羽目板の外壁、格天井の議場を残し、岡山県内で唯一現存する郡役所とされる。勝央ふるさとミュージアムとして無料公開。
旧木村家住宅土蔵は、出雲往来勝間田宿で脇本陣を務めた木村家の江戸時代末期の土蔵。明治45年の郡役所建設で屋敷が取り壊されたなか唯一残り、壁の大部分を海鼠壁とする。勝央ふるさとミュージアムの敷地で外観を見学できる。
岡山市北区京橋町、旭川の堤防上にそびえる高さ二十一メートルの鉄骨造警鐘台。大正十三年(一九二四年)に建てられ、平成十八年に国の登録有形文化財に登録されました。山形鋼の四脚をリング式ターンバックルで補強し、頂部には正方形の望楼と鉄板製宝形屋根を載せる独特の構造で、京橋・京橋水管橋とともに岡山の近代化遺産の集積地を形づくっています。岡山城や後楽園、京橋朝市にも程近く、地域の歴史的景観の核として今なお市民に親しまれています。
倉敷市中央に昭和35年(1960年)に完成した丹下健三設計の旧市庁舎。プレストレストコンクリートの梁で約20メートルの大スパンを架け、中空ブロックを積んだ外装をもつ。昭和58年に倉敷市立美術館へ転用された。
大正15年(1926年)に開いた日本初の民間天文台、倉敷天文台の観測室。切妻の鉄板屋根をハンドルで東西へ滑らせて開く。彗星を12個発見した本田實も観測した建物で、平成25年にライフパーク倉敷へ移築・復元された。
旧荘家住宅座敷棟は真庭市下呰部の伯雲往来に東面する庄屋屋敷の座敷棟で、棟札から文政8年(1825年)の建築と分かる。漆喰塗の大壁と入母屋造の屋根、東庭に4室が連なる続き座敷が特徴で、現在は北房ほたる庵として営業する。
岡山県玉野市の山田地区、川岸に静かに佇む明治41年(1908)築の木造平屋建庁舎。日露戦争を機に始まった塩専売制度のもと、瀬戸内海有数の塩田地帯から塩を集荷した大蔵省専売局の出張所として建てられました。木造庁舎とレンガ造文庫がセットで残る日本唯一の例として、平成23年に国の登録有形文化財に登録された貴重な近代建築です。
岡山県玉野市山田に残る、明治41年(1908)築の煉瓦造文書庫。日本の塩専売制度を支えた小さな建物の歴史と建築的魅力、見学情報をご紹介します。国の登録有形文化財。
瀬戸内市牛窓町に大正4年(1915年)に牛窓銀行本店として建てられた平屋の銀行建築。外壁はドイツ製煉瓦の小口積み、吹き抜けの内部は漆喰壁の上端に草花模様の蛇腹を回す。現在は街角ミュゼ牛窓文化館として公開。
旧中島病院本館は津山市田町に大正6年(1917年)に建った木造2階建の病院建築。ドーム屋根の玄関ポーチ、小豆色の掻き落とし壁と人造石のコリント式柱が特徴で、城西浪漫館として無料公開。部屋ごとに異なる大理石の暖炉も見られる。
赤磐市松木の旧永瀬家住宅井戸は、詩人永瀬清子の生家の主屋南東にある明治前期の石造井戸。荒石の円筒に石板の井桁を組み、内転びの柱で桟瓦葺の上屋を支える。2017年に登録有形文化財となり、いまも水を汲む。
赤磐市松木の旧永瀬家住宅主屋は、明治前期に建った木造2階建・入母屋造の町家で、詩人永瀬清子の生家の母屋。奥の土間はレンガの四半敷、床上は田の字の4室で、2017年に登録有形文化財となり「清子の家」として公開中。
旧中山家住宅米蔵は、倉敷市連島の中山説太郎邸で最も北に建つ大正3年頃の2階建土蔵。中蔵と同じ黒漆喰と海鼠壁の外観ながら平面は一回り大きく、東妻の南寄りに戸口を開く。平成30年(2018年)に登録有形文化財。
旧中山家住宅主屋は倉敷市連島に大正3年頃建てられた実業家中山説太郎邸の中心棟。入母屋造の大屋根に深い下屋を廻し、白御影石の式台玄関と15畳の表座敷を備える。屋敷5棟で唯一「造形の規範」として登録された。