全国の登録有形文化財
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湯之島館本館は下呂市の旅館湯之島館の中央に建つ昭和6年の木造3階建客室棟で、平成22年に造形の規範として登録有形文化財となった。中廊下を挟んで客室を配し、南面は眺望のため雁行させて窓を連ねる。3階に展望台がある。
湯之島館渡り廊下は下呂市の旅館湯之島館で玄関棟と本館を結ぶ昭和6年の木造廊下で、平成22年に登録有形文化財となった。化粧屋根裏の天井、窓上の赤壁、ガラス戸外の格子、杉皮張りの腰が続き、斜めに切られた古いガラスも残る。
高山市花岡町の旅館かみなかで本館の北隣に建つ大正期の土蔵。土蔵造2階建の切妻造桟瓦葺で、漆喰塗りの壁に鉢巻を廻らし腰をモルタル洗い出しとする。上下各階に本館への出入口を設け、内部に階段を置かないつくりである。
高山市花岡町の旅館かみなか本館。明治中期の木造2階建で、切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根、正面中央の唐破風の玄関庇、上下階を巡る出格子をもち、内部の造作にも意匠を凝らす。現在も旅館として営業している。
岐阜県飛騨市神岡町にある登録有形文化財。大正10年(1921)築、堤長43メートル・堤高5.5メートルの空石積砂防堰堤が、神岡鉱山中核域と山麓の暮らしを土砂災害から守った大正期の土木遺産。
飛騨市神岡町、神通川水系高原川支流・六郎谷の登録有形文化財。大正10年(1921年)築造の空石積砂防堰堤で、堤長49m、堤高6.1m。下流の神岡鉱山中核域を土砂災害から守り、近代日本の重工業化を支えた。
岐阜県笠松町の和田家住宅主屋は、養蚕で財を成した施主が京都の大工に建てさせた昭和前期の木造2階建。中廊下で居室と接客3室を分け、仏間の吹寄せ格天井やステンドグラスの洋間を備える。平成29年(2017年)登録。
岐阜県笠松町の和田家住宅土蔵は、敷地の西南隅に建つ昭和前期の土蔵造2階建。丸石を亀甲積にした基壇に一段高く載り、窓を重い土扉で閉じる。塀越しに街路の景観をつくる蔵として平成29年(2017年)に登録された。
岐阜県笠松町の和田家住宅門及び塀は、敷地の東と南を囲む昭和前期の木造の門と総延長18メートルの塀。通り側は黒漆喰塗に腰板張、庭側は竹の窓と杉皮張の数寄屋風で、平成29年(2017年)に登録有形文化財となった。
岐阜県飛騨市古川町の渡邉家住宅上手蔵は、明治5年(1872年)建築の土蔵造2階建。蔵元渡辺酒造店の瀬戸川沿いの土蔵の一棟で、方4間の平面の1階を土間と床に二分し、置屋根式の鉄板葺の屋根を段違いに架ける。2005年に登録。
岐阜県飛騨市古川町の渡邉家住宅酒蔵は、明治14年(1881年)建築の土蔵造2階建。建築面積133平方メートルと土蔵のなかで最大で、瀬戸川沿いの北端に建つ。南面に観音開の扉を構え、造酒屋の屋敷に欠かせない施設として登録された。
岐阜県飛騨市古川町の渡邉家住宅主屋は、蔵元渡辺酒造店の母屋。江戸末期の町家を明治37年に移築したもので、深い軒と腕木の板庇、多彩な格子の正面、梁を見せる土間と数寄屋風の居室をもつ。2005年に登録有形文化財となった。
岐阜県飛騨市古川町の渡邉家住宅漬物蔵は、元治元年(1864年)建築の土蔵造2階建。瀬戸川沿いの土蔵の列の南端に建つ6棟で最小の蔵で、牛梁に登梁を架けた小屋組と、東面の腰を覆う押縁下見板張が特徴。2005年に登録。
岐阜県飛騨市古川町の渡邉家住宅土蔵別館は、昭和9年(1934年)建築の土蔵造2階建の離れ座敷。棟梁は古川の中村房吉。瀬戸川側の外壁は目地切のモルタル洗出しで、1階に10畳座敷と広縁、2階に洋室を重ね、2004年に登録された。
岐阜県飛騨市古川町の渡邉家住宅中蔵は、享和4年(1804年)建築の土蔵造2階建。渡邉家住宅の6棟で最も古く、瀬戸川沿いに建つ。重厚な観音開の扉、踏込みの土間、登梁の小屋に載る置屋根をもち、2005年に登録された。
靉靆橋は宮崎県えびの市杉水流にある享保14年(1729年)の石造単アーチ橋で、登録有形文化財。天端の南寄りに水路、北寄りに人吉街道を通す水路橋兼道路橋で、二重の迫石と切石張の水路底をもつ丁寧なつくりの橋。
宮崎県宮崎市富吉に架かる青木橋は、大正14年(1925年)に造られた石造単アーチ橋です。橋長9.5メートルの小規模な橋ながら、横目地を揃えた切石整層積の壁面と一重の輪石によるアーチが、地元の石工たちの高い技術を今に伝えています。2017年に国の登録有形文化財に登録されました。
宮崎県日南市油津の中町通りに北面する煉瓦造2階建の倉庫。飫肥杉の商家河野家が大正11年(1922年)に建て、内部はアーチ天井の通路を挟む2室。競売の危機を市民31人の出資で乗り越え、今は無料で公開されている。
五百禩神社石橋及び石垣は宮崎県日南市楠原の五百禩神社で石塀の東に設けられた明治時代前期の石橋と堀の石垣で、登録有形文化財。石橋は中央に橋脚を設けて太鼓状に桁を架け、地元の飫肥石10本を渡す。石垣は切石の間知積の土留。
五百禩神社石塀は宮崎県日南市楠原の五百禩神社で拝殿の前方に設けられた明治時代前期の石塀で、登録有形文化財。延長64メートル、高さ1.5メートルの精緻な切石の間知積で、参道の石段沿いから山裾を囲うように折れ曲がり、神殿域を画する。