福島県の登録有形文化財
福島県 · 登録有形文化財
旧甲斐家住宅醤油蔵は喜多方市の醸造家甲斐家が大正12年(1923年)に建てた土蔵造平屋建の醤油の仕込み・貯蔵蔵。建築面積281㎡と屋敷最大の土蔵で、南西に煉瓦の煙突が立つ。2001年に登録有形文化財。
旧甲斐家住宅東塀及び北塀は喜多方市の甲斐家の屋敷の東と北をめぐる大正後期(1919〜1926年)の煉瓦塀。高さ4m、街道側は煉瓦タイル張、内側はドイツ壁とし、レリーフで飾った扉口をもつ。2021年登録。
旧甲斐家住宅店蔵は喜多方市の熱塩街道に面した大正12年(1923年)の土蔵造2階建の店舗。1階の店舗・応接間と2階座敷を螺旋階段で結び、深い軒と精巧な窓まわりが評価され2001年に登録有形文化財となった。
旧甲斐家住宅味噌蔵及び麹蔵は喜多方市の甲斐家の屋敷に残る明治後期(1898〜1912年)の土蔵。窓の多い2階建の味噌蔵と越屋根の平屋の麹蔵が壁を共有し、屋敷で最も古い。2021年に登録有形文化財となった。
旧甲斐家住宅南塀は喜多方市の甲斐家の屋敷の南辺を区切る大正後期(1919〜1926年)の煉瓦塀。延長45m、高さ2.5mで、麹蔵前の扉口を三角アーチとし東塀と意匠を変える。2021年に登録有形文化財。
福島県伊達市梁川町の旧熊倉家住宅主屋は、昭和前期に建てられた鉄筋コンクリート造の個人住宅である。3階に展望室を備え、洋風の意匠は玄関とベランダに限られる。2019年に登録有形文化財となった。外壁はドイツ壁仕上。
福島県伊達市梁川町の旧熊倉家住宅土蔵は、江戸末期に建てられた蔵である。主屋の東背面に建ち、漆喰塗の外壁に鉢巻を二段に廻して垂木まで塗り込める。2019年に登録有形文化財となった。主屋より約90年古い建物にあたる。
福島市飯坂町の旧堀切家住宅表門は、明治前期(1868〜1882年)に建てられた間口2.6メートルの棟門。本柱の背後に控柱を立てて二段の貫でつなぎ、両妻に懸魚を飾る。路地に面して書庫とともに旧堀切邸の表構えをつくる。
福島市飯坂町の旧堀切家住宅主屋は、明治13年(1880年)の火災の翌年、明治14年(1881年)に再建された近代和風住宅。寄棟の大屋根を天然スレートで葺き、正面に千鳥破風を重ね、次の間の天井を円弧状に折り上げる。
福島市飯坂町の旧堀切家住宅書庫は、昭和40年(1965年)頃に堀切家の十七代当主が弁護士業務の書庫兼書斎として建てた木造平屋。入母屋造の桟瓦葺、建築面積11平方メートルで、表門とともに通りの景観をつくる小さな建物。
福島市飯坂町の旧堀切家住宅新蔵は、明治13年(1880年)の火災後、明治中期に建てられた着物収納の土蔵。2階南面の庇を雲形の持送りで支え、軒に鉢巻、腰に水切を巡らす。内部の1階は家系図などの展示に使われている。
福島市飯坂町の旧堀切家住宅道具蔵は、明治前期(1868〜1882年)に建てられた土蔵造2階建で、敷地の3棟の蔵のうち最も大きい。1階に什器、2階に布団を納め、床に通気口を設ける。堀切善兵衛らの肖像画を展示している。
福島市飯坂町の旧堀切家住宅中蔵は、明治13年(1880年)の火災前から残る明治前期の座敷蔵。1階は床の間付きの座敷で中央に耐火金庫を据え、2階は書庫だった。大福帳や詠帰亭の扁額の複製を1階で展示している。
福島県三春町の旧吉田家住宅主屋は、生糸商人・吉田誠次郎が明治28年頃に建てた住宅。黒柿や棕櫚、埋れ木といった銘木を部屋ごとに使い分けた数寄屋造りで、令和2年に国の登録有形文化財となった。三春町文化伝承館として無料公開。
福島県三春町の旧吉田家住宅紫雲閣は、生糸商人・吉田誠次郎が謡曲の場として高台に建てた土蔵造2階建の座敷蔵。二階は軸部を赤色系に仕上げ、床柱と落掛に龍彫刻を巻く赤漆の「漆の間」。令和2年に国の登録有形文化財となった。
福島県伊達郡桑折町の旧奥州街道沿い、蚕物商の店蔵の東に接続して建つ明治41年築の木造平屋建の主屋。四室のうち北東隅を床構え付きの座敷とし、東に風呂便所の角屋が延びる。令和6年3月に登録有形文化財となった。
福島県伊達郡桑折町の旧奥州街道に西面する土蔵造二階建の店蔵。明治41年に蚕物商が建て、一階のミセに摺上戸を残し、二階の一室を繭の保管場とした。外壁を軒まで塗込めた重厚な構えで、令和6年3月に登録有形文化財となった。
福島県天栄村の岩瀬湯本温泉、その中央通りの最奥に建つ建築面積405平方メートルの茅葺旅館。傾斜地のため各階の床高に段差があり、一階の茶の間は屋根裏まで吹き抜ける。明治四年頃の建築で、平成29年に登録有形文化財となった。
福島県南会津町の興國山徳昌寺庫裡は、文政3年に建てられた寺の住まいである。平面は民家と同じ6間取形式だが、入口のある北の妻面を大きく見せ、高い庇を廻して寺らしい顔をつくる。2001年の登録。登録番号も記録されている。
福島県南会津町の興國山徳昌寺金毘羅堂は、安永5年に建てられた建築面積10平方メートルの小堂である。出桁造として深い軒をつくり、組物は三斗とする。2001年に登録有形文化財となった境内最古の建物。登録番号も記録されている。