重要文化財
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延慶2年(1309)、亡き願主・実政の追善のために実胤が鋳造させた金銅の地蔵菩薩坐像。香取神宮の本地仏として造られた観福寺の懸仏4躯の一つで、先に造られた釈迦・観音の二躯には元寇に際した「異国降伏」の銘が刻まれている。
弘安5年(1282年)に仏師蓮願が鋳造した金銅の釈迦如来坐像。香取神宮の本地仏として円形の鏡板を背に負う懸仏形式で、銘文には蒙古襲来に際し元軍の調伏を願う「異国降伏」の文字が刻まれる。千葉県香取市・観福寺所蔵の重要文化財。
千葉県香取市の観福寺に伝わる銅造十一面観音坐像。香取神宮の本地仏として弘安5年に仏師蓮願が鋳造し、釈迦如来とともに元軍退散を願う「異国降伏」の銘を刻む。鏡板を光背とした四躯一具の重要文化財で、伊能忠敬ゆかりの古刹に納められている。
千葉県印西市の結縁寺に伝わる重要文化財。像高約47センチの小さな鋳銅製不動明王で、裳前面の刻銘から嘉元元年(1303年)の造像と分かる。両眼を見開く忿怒相が特徴で、秘仏として毎年9月28日のみ開帳される。
千葉県栄町・龍角寺の本尊、銅造薬師如来坐像。首から上は7世紀後半・白鳳期の作で、関東に残る数少ない白鳳仏のひとつ。元禄の火災で失われた体部は正徳年間に再鋳された。像高130cm、深大寺の白鳳仏と並び称される名宝。
千葉県香取市の観福寺が伝える銅造薬師如来坐像は、もと香取神宮の本地仏として鋳られた金銅の懸仏4躯の一つ。明治の廃仏毀釈で吹き潰される寸前に救われた鎌倉時代の名品で、像高約33センチながら重要文化財に指定されている。
建長元年(1249)から明治初年まで、およそ620年分。日常置文に始まり、千葉氏の寄進状や大奥の参詣書状に至る839通が令和6年に重要文化財へ。市川・中山の大本山と、その文書が語る歴史を訪ねる手引き。
千葉県市川市の法華経寺が護持する日蓮の自筆遺文。巻子56巻ほか百余点に及ぶ真蹟で、富木常忍ら在家の信者に宛てた書状と論述が中心をなす。昭和42年に重要文化財へ指定され、現在は境内の聖教殿に保管されている。
千葉県銚子市の円福寺が所有する平安時代初期とされる法具。全長20.3cm、三鈷形の柄と花弁を表した鈴部をもち、金剛鈴のもととも考えられる。類例がきわめて少ない貴重な品である。現在は奈良国立博物館が保管している。
千葉県一宮町の玉前神社に伝わる鎌倉時代の白銅鏡。直径20.5cmの背面に洲浜、梅の老木、2羽の雀、ススキを写実的に表す。縁の2穴から神前に懸けた御正体とみられる。現在は大多喜城分館に寄託され、分館は改修のため休館中。
千葉県鋸南町の日本寺に伝わる元亨元年(1321年)の梵鐘。下野の鋳物師卜部助光の作で、下野の天宝寺から鎌倉の浄妙寺を経て日本寺に渡った経緯を銘に刻む。鐘楼が2019年の台風で被災し、現在は法堂内で保管している。
千葉県館山市の小網寺に伝わる弘安9年(1286年)の梵鐘。鎌倉の名工物部国光の作で、総高107.5cm。池の間に梵字の大随求陀羅尼、銘に寺の旧名金剛山大荘厳寺を刻む。県内の名鐘の一つで、境内の鐘楼に懸かる。
千葉県長柄町の眼蔵寺に伝わる弘長4年(1264年)の梵鐘。紀年銘をもつ鐘として県内最古で、乳の代わりに胎蔵界四仏の種子を鋳出す全国でも3例しか知られない無乳の鐘である。作者は上総国刑部郡の鋳物師広階重永である。
千葉県松戸市の本土寺に伝わる建治4年(1278年)の梵鐘。上総の鋳物師大中臣兼守の作で、佐倉の大福寺から文明14年に移された際、十二神将の種子を削って日蓮以下の名を刻んだ。実物は宝物殿に保管されている。
泉穴師神社摂社春日神社本殿は、本殿の東に建つ一間社春日造の小社。文化庁は慶長7年(1602年)頃とするが、大阪文化財ナビは古式の支輪などから慶長以前の建築とみている。菊水を飾る蟇股も見どころになっている。
泉穴師神社摂社住吉神社本殿は、「文永十年」(1273年)の棟木が残る鎌倉時代の一間社春日造。府内最古の神社本殿といわれ、軒唐破風と支輪付き出組をもつ最古の例ともされる。正面には当初の巻斗が残っている。
泉穴師神社本殿は、豊臣秀頼が片桐且元を奉行として慶長7年(1602年)に再建した社殿。一間社流造2棟を合の間でつなぎ、千鳥破風と階段を左右に1つずつ備える。江戸時代の葺替を記す棟札5枚が附として伝わる。
大阪城に残る重要文化財13棟を解説。元和6年(1620年)の千貫櫓・乾櫓、大門を組み込んだ多聞櫓、花崗岩造の焔硝蔵、黄金伝説の金明水井戸屋形まで、年代の違いと見どころ、2026年の櫓特別公開の日程・料金を紹介。
大阪市中央区北浜の旧緒方洪庵住宅は、緒方洪庵が弘化2年に購入した町家。天保9年に開いた蘭学塾をここへ移し、福澤諭吉ら千名を超える門人が学んだ。現存唯一の蘭学塾遺構として昭和39年に重要文化財に指定されている。
泉佐野市上之郷の意賀美神社本殿は、嘉吉2年に建てられた一間社春日造の社殿。正面軒に唐破風を付す珍しい形式で、蟇股の彫刻に室町中期の特色を残す。春日造としては大阪府内最古で、大正13年に重要文化財へ指定された。