重要文化財
Important Cultural Property日本の重要文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
高野山親王院に伝わる平安時代の兜跋毘沙門天立像。地天女の掌の上に立つ西域風の守護神で、開基は天竺を目指して旅立ち、その途上で客死したと伝わる真如親王。明治四十一年指定の重要文化財で、高野山霊宝館で公開される。
高野山の塔頭・如意輪寺が伝える平安時代の如意輪観音坐像。片膝を立てる輪王坐の姿勢をとり、頬に手を添えて思索するさまを、如意宝珠と輪宝を執る六臂にあらわす。現在は霊宝館が保管し、企画展で随時公開される。
和歌山県最古の寺・道成寺に伝わる二躯の毘沙門天立像。平安時代前期・九世紀の木造彩色の像で、明治三十二年に重要文化財に指定された。大きい像は東京国立博物館に寄託され、小さい像は宝仏殿で間近に拝観できる。
和歌山県の高野山に伝わる鎌倉時代の不動明王立像。「合体不動」の名で呼ばれ、大正14年に重要文化財に指定された。総本山金剛峯寺が所有し、現在は高野山霊宝館に収蔵されている。剣と羂索を執る忿怒の姿に、衆生を救う密教の仏の働きが込められている。
高野山金剛三昧院が所蔵する木造不動明王立像は、「帆不動」の通称で知られる平安時代後期の彫刻。尼将軍・北条政子が源頼朝の菩提を弔って開いた寺に伝わり、明治41年に重要文化財へ指定された古像で、国宝の多宝塔をもつ鎌倉ゆかりの寺に今も残る。
和歌山県高野山の円通寺(円通律寺)に伝わる国指定重要文化財「紙本白描不動明王二童子毘沙門天図像」を、世界遺産・高野山の歴史と密教文化の魅力とともに紹介。白描による線描の美しさ、不動明王・二童子・毘沙門天という稀有な構成の意義、所有寺・円通律寺の沿革、そして高野山を訪れる旅の楽しみ方を、海外からの旅行者に向けて分かりやすく解説します。
和歌山県の高野山地蔵院に伝わる重要文化財「紙本著色高野大師行状図絵〈第一巻補写〉」をご紹介します。真言宗の開祖・弘法大師空海の生涯を絵画で物語る貴重な絵巻で、後世に補写された巻第一は、千二百年にわたり受け継がれてきた信仰の証です。高野山霊宝館での企画展や、世界遺産・高野山の見どころとあわせてご案内いたします。
和歌山由良の興国寺に伝わる、弘安九年(一二八六)の銘をもつ法燈国師の頂相彫刻。開山の高僧をその面貌まで写実的にとらえた鎌倉時代の肖像彫刻で、寺の重宝として大切に守り継がれており、常設の展示には供されない。
西国二番・紀三井寺が伝える平安時代の二尊。梵天・帝釈天と呼ばれるが菩薩形に造られ、作風も異なるためもと一具ではないとされる。像高は約一六四・一六一センチ。二〇二三年より本堂裏の大光明殿で常時拝観できる。
高野山の塔頭・遍明院が伝える鎌倉時代の渡海文殊の一群。獅子に乗る文殊と四人の眷属が波の上を進む、物語性に富んだ形式で、一基として数えられる。現在は山の博物館である霊宝館が保管し、企画展で随時公開される。
高野山の塔頭・遍照光院が伝える鎌倉時代の持国天立像。仏法世界の東方を守る四天王の一尊で、甲冑をまとい足下に邪鬼を踏む武将形に力強くあらわされる。現在は山の博物館である霊宝館が保管し、企画展で随時公開される。
昭和六十二年、道成寺の秘仏の胎内から現れた奈良時代の木心乾漆千手観音。面部を欠きながら背面に八世紀の造形を残し、聖林寺の国宝にも通じる古仏の、思いがけない発見と、寺の創建にさかのぼりうる価値を紹介する。
三十三年に一度だけ開帳される道成寺の秘仏、北向観音。八世紀の古仏を胎内に納めるために南北朝時代に造られた鞘仏で、本堂と同じ時期の作とされる。その特異な構造と役割、そして次の開帳の見込みまでをひもとく。
高野山に現存する最古の建造物である、金剛三昧院の国宝・多宝塔。その内陣に北条政子の時代から坐し続ける五体の如来坐像を、運慶作とする伝承や世界遺産としての位置づけ、秘仏としての公開状況を交えて紹介する。
茎に銘はないが、作風から鎌倉時代中期の名工・助真の作と伝わる重要文化財の刀。刃長65.6cm、華やかな大丁子乱れの刃文に福岡一文字派の特徴がよく表れる。無銘・伝の意味と、助真の作に会える場所もあわせて紹介する。
鎌倉時代の山城・来派、二字国俊に極められた刃長74.5センチの大磨上無銘の刀。丁子に蛙子や足葉の交じる華やかな刃文を見せ、地刃の出来は同工の作中でも傑出するとされるが、現在は所在不明として文化庁の取り戻そう一覧に掲載されている。
慶長九年(1604年)二月、信濃守国広が上賀茂神社の神官・賀茂県主保経のために打った刀。刃長71.5センチ、昭和3年に重要文化財指定。愛媛・大山祇神社が収蔵したが昭和17年に盗難に遭い、現在も所在不明。
山城・五条派の名工国永が遺した両刃の剣。優美な太刀で名を成した国永の在銘作は乏しく、剣はこの一口のみ現存するとされる。生ぶの茎に「國永」の二字を刻み、平安の作刀が到達した品位を今に残す重要文化財である。
李朝朝鮮から室町時代の日本に渡来した画家・秀文。永楽二十二年(一四二四年)の年記をもつ墨竹の画帖は、その唯一の確かな基準作であり、室町水墨画と朝鮮絵画をつなぐ作例として一九六九年に重要文化財に指定された。
従二位藤原親子は白河天皇の唯一の乳母で、六条藤家の祖・顕季の母にあたる。その名を冠した寛治五年(一〇九一)十月の歌合を記す巻子は、昭和十六年に重要文化財へ指定されたが、現在は所在不明で、文化庁が情報を求めている。