京都府の登録有形文化財
京都府 · 登録有形文化財
京都府向日市上植野町の中小路家住宅離れ及び内門。主屋の東南に建つ離れと、その庇に連続する桁行6.0メートルの内門が、屋敷の表向きと私的な一角を分ける。いずれも明治前期の建築で、平成20年に一括して登録された。
京都府長岡京市調子の旧西国街道に北面する中野家住宅主屋は、江戸末期の建築で平成22年に国の登録有形文化財となった。建築面積194平方メートル、厨子二階の壁に虫籠窓を三箇所開ける。現在は飲食店なかの邸として公開。
京都府長岡京市調子の中野家住宅茶室は昭和26年の建築で、平成22年に国の登録有形文化財となった。皎庵と称する四畳半の茶席で、四分割した網代天井に照明を組み込む。数寄屋大工九代北村傳兵衛による現存作の一つ。
京都府長岡京市調子の中野家住宅土蔵は江戸末期の建築で、平成22年に国の登録有形文化財となった。桁行4.3メートル梁間4.5メートルの土蔵造二階建。茶室とともに庭を構成し、現在は珈琲の焙煎場として使われている。
京都府八幡市の中村家住宅上の蔵は、大正6年建築の土蔵造2階建。桁行7.9メートル、北面の水切瓦や東妻の土戸両開が見どころで、放生川と安居橋の河岸景観に寄与する登録有形文化財として平成24年に登録された。
京都府八幡市の中村家住宅表門は、昭和前期建築の一間一戸の腕木門。門口2.1メートルに起り屋根、一軒疎垂木、ナグリ仕上の控柱、筬欄間を納める。石清水八幡宮の参道景観に寄与する建物として、平成24年8月に登録された。
京都府八幡市の中村家住宅大歌堂は、大正6年頃に道頓堀弁天座の座主が別邸として建てた座敷棟。折上格天井の十五畳に三畳の上段の間と書院がつく上質な近代の書院で、現在は一棟貸しの宿として泊まることもできる。
京都市上京区の中村宗哲家住宅は、千家十職の塗師である中村家の居宅で、嘉永7年の建築。数寄屋大工の木村清兵衛が手がけ、面皮柱や絞り丸太を用いる。再現が容易でないという基準で平成15年に登録された非公開の町家。
京都市上京区の中村治男家住宅主屋は、明治後期建築で昭和8年に改修された表屋造の京町家。間口3間半の表屋と坪庭を介した居住棟を並置し、大戸、出格子、虫籠窓を街路に見せる。平成19年に登録された非公開の個人宅。
京都市上京区の中村治男家住宅土蔵は、明治後期建築の土蔵造2階建。方2間、建築面積23平方メートルの小規模な蔵ながら、切妻屋根の平側を街路に向け、白漆喰と弁柄塗の腰で主屋と一続きの街路景をつくる。平成19年に登録。
京都市中京区壬生の明治39年(1906年)の煉瓦造2階建の事務所建築。京都綿ネルの本社として建ち、日本写真印刷の本社を経てNISSHA印刷歴史館となった。マンサード屋根とコリント式円柱のポーチをもち、予約制で見学できる。
京都市中京区聚楽廻にある日本聖公会の教会堂。昭和5年(1930年)にバーガミニーの設計で建てられた木造2階建で、階下を幼稚園、階上を礼拝堂とし、和風真壁造風の外観に曲線のトラスをもつ礼拝堂を備えている。
仁和寺大玄関は明治20年の火災後、明治23年(1890年)に最初に再建された御殿の玄関。瓦葺の主屋に間口6メートル近い檜皮葺の唐破風車寄を付け、蟇股や笈形の彫刻が格式を示す。拝観の入口と御朱印の受け方も案内する。
仁和寺黒書院は旧安井門跡の寝殿を移して改造した書院で、文化庁は明治43年(1910年)の建築とする。方丈型の六間取と舞良戸の外観、堂本印象の襖絵が見どころ。資料による竣工年の違いと拝観の方法もあわせて記す。
仁和寺皇族門は大玄関から東へのびる塀の中ほどに建つ大正3年(1914年)の四脚平唐門。木割の細い繊細な姿で、大疎垂木の軒や透彫の欄間が見どころ。勅使門との違いと、仁和寺御所庭園での見学方法を紹介する。
仁和寺白書院は明治20年の火災後、明治23年(1890年)に仮の宸殿として建てられた書院。六室の構成と竹の節欄間、福永晴帆の松の襖絵が見どころで、2026年に修理を終えた。拝観順路での位置もあわせて紹介する。
仁和寺宸殿は明治20年の火災で失われた御殿の中心を大正3年(1914年)に再建した儀式の建物。亀岡末吉が寝殿造の外観と書院造の内部を組み合わせ、原在泉の襖絵が三室を飾る。南北の庭の眺めと拝観方法も紹介する。
仁和寺勅使門は白書院の正面に東を向いて建つ大正期の四脚唐門。本願寺唐門にならい、亀岡末吉が鳳凰や唐草を図案化した透彫で壁面と扉を埋めた。竣工年の資料による違い、無料で見られる位置、10月に門が開く機会も紹介する。
仁和寺霊宝館は寺宝を守るため昭和2年(1927年)に建てた鉄筋コンクリート造の宝物館。校倉造を写した外壁と垂木・虹梁の表現が評価される。入口の持国天・広目天と、年3回に限られる開館の仕組みも紹介する。
仁和寺霊明殿は喜多院の本尊薬師如来坐像を安置するため明治44年(1911年)に建てられた方三間・宝形造の小堂。平安後期を意識した構成に亀岡末吉の唐草の蟇股が加わる。秘仏である本尊の扱いと拝観の方法も紹介する。