京都府の登録有形文化財
京都府 · 登録有形文化財
法然上人七十五歳の御影を内陣に祀る大本山くろ谷の本堂。昭和九年の火災後、京都帝国大学教授の天沼俊一が鎌倉様式を取り入れて再建した。採光と音響に配慮した昭和を代表する木造の大堂で、御朱印もこの堂で授かれる。
京都市左京区吉田神楽岡町にある大正13年(1924年)ごろの木造2階建の住宅。主に京大教官向けに神楽岡に建てられた28件の借家の一つで、前田巧の設計。銅板葺の瀟洒な和風の外観と2階の独立した子供部屋が特徴。
南丹市日吉町上胡麻のザイラー家住宅音楽堂。天明4年(1784年)の福井県の寺院本堂を平成元年に移築した入母屋造・茅葺の平屋で、寺院の規模や柱位置を踏襲する。かやぶき音楽堂として春と秋にコンサートが開かれる。
南丹市日吉町上胡麻のザイラー家住宅主屋。大正5年(1916年)建築の入母屋造・茅葺の平屋で、三面に瓦葺の下屋をかけ、棟に鞍木を置く。漆喰の壁と腰の竪板張りの外観が、胡麻の伝統的な農村景観を形成している。
雙栗神社石鳥居は京都府久御山町の雙栗神社の境内西端に立つ元禄15年(1702年)の花崗岩の明神鳥居。高さ6.5メートル、柱間5.5メートルで、近辺の中小社では古例かつ最大級とされる。登録の理由と、明神鳥居の見分け方を紹介する。
雙栗神社玉垣は京都府久御山町の雙栗神社で本殿を囲む江戸時代後期の木造の玉垣。総延長44メートルで、前寄り5間を角連子、後ろ寄り6間を先端のとがった板の透塀とする2種併用の意匠が特色。令和元年の復元と見どころも紹介する。
雙栗神社拝殿は京都府久御山町の雙栗神社にある天明5年(1785年)建立の割拝殿。中央の馬道の左右に板間を設け、その外まわり三方を壁で閉じる類例の少ない形式をもつ。舟肘木や蟇股の細部と、馬道から見通す社殿の並びを紹介する。
雙栗神社本殿門は京都府久御山町の雙栗神社で拝殿と本殿の間に立つ江戸時代後期の門。間口2.4メートルの切妻造妻入の一間一戸門で、虹梁と木鼻の極彩色、前後で仕上げを変えた粽付きの柱が見どころ。柱の仕上げの見分け方も紹介する。
佐藤家住宅雑具蔵は長岡京市長法寺の旧庄屋の屋敷にある嘉永年間の土蔵造2階建。桁行9.7メートルの細長い蔵で切妻造桟瓦葺の置屋根とし、東面の戸口前に板床と庇を設ける。2階の天井に帯鉄を張る。一般非公開。
佐藤家住宅主屋は長岡京市長法寺の旧庄屋の屋敷の中央に建つ明治前期の大型農家で、建築面積196平方メートル。土間の西に九間取の床上部を置き、座敷は書院造。小屋組に善峰寺の古材を用いたと伝わる。一般非公開。
佐藤家住宅新蔵は長岡京市長法寺の旧庄屋の屋敷にある明治43年(1910年)の土蔵造2階建。建築面積12平方メートルの最も小さな蔵で、置屋根と板床の蔵前、鉢巻などの丁寧な漆喰仕上げを見せる。一般非公開。
佐藤家住宅高塀は長岡京市長法寺の旧庄屋の屋敷の北東をめぐる昭和前期の塀。延長40メートルで、通り側は切石積の石垣に焼杉板の高い腰を立て、腕木で瓦屋根を支える。内側は漆喰の大壁。外観は通りから見られる。
佐藤家住宅築地塀は長岡京市長法寺の旧庄屋の屋敷の南辺と西辺を囲む江戸時代の築地塀。延長は2か所で68メートル、高さ1.50〜1.9メートル。低い石垣に築き、鏝で波模様を施す。道に面した部分は外から見られる。
佐藤家住宅長屋門は長岡京市長法寺の旧庄屋の屋敷の南東に建つ江戸時代後期の長屋門。門口ともと男衆部屋、物置を1棟にまとめ、敷地の形に合わせて平面がやや折れ曲がる。一般非公開だが、外観は通りから見られる。
佐藤家住宅西米蔵は長岡京市長法寺の旧庄屋の屋敷にある文化4年(1807年)の米蔵。ほぼ正方形の土蔵造平屋建で、切妻屋根の北面を桟瓦葺、南面を本瓦葺とし、重厚な姿を残す。9件のうち年代の最も古い建物である。
佐藤家住宅東米蔵は長岡京市長法寺の旧庄屋の屋敷にある江戸末期の米蔵。西米蔵の東に接して建つ土蔵造平屋建で、棟を段違いに連ね、正面に深い庇を掛ける。建築面積15平方メートルで、南面中央に入口を開く。一般非公開。
佐藤家住宅露地門及び庭塀は長岡京市長法寺の旧庄屋の屋敷で主屋前の門庭と座敷の庭を分ける明治前期の門と塀。間口1.2メートルの腕木門は吹寄せ桟と襷桟の開き戸をもつ。庭塀は延長9.9メートル。一般非公開。
京都・天龍寺の参道に面して立つ塔頭慈済院の表門。江戸時代前期の一間薬医門で、冠木を男梁と女梁で挟み、板蟇股で棟木を受ける。天龍寺最古級の表門として2016年に登録有形文化財となった。見どころと見学の方法を紹介する。
天龍寺の塔頭慈済院の庫裏は寛政11年(1799年)の建立。切妻造妻入の正面に蟇股と虹梁大瓶束、海老虹梁を組み、東半の土間では太い大黒柱を中心に豪壮な梁組が現れる。平成28年(2016年)に登録有形文化財となった。
天龍寺の塔頭慈済院で本堂と庫裏を結ぶ江戸後期の玄関廊。東半に入母屋造の式台玄関を構え、西半の10畳では虹梁を三筋架けて板蟇股で化粧屋根裏を支える。大廊下形式の名残として2016年に登録有形文化財となった。