京都府の登録有形文化財
京都府 · 登録有形文化財
旧上田家住宅中門及び塀は京都府向日市にある昭和17年(1942年)ごろの門と塀で、2019年に登録有形文化財となった。主屋の前庭を三方で囲む総延長27メートルの塀と、間口1メートルの棟門からなり、洗出しの基礎が残る。
旧上田家住宅離れは京都府向日市にある昭和17年(1942年)ごろの二階建の座敷棟で、2019年に登録有形文化財となった。4畳半と6畳の続き間に唐木の床柱を立てた奥座敷があり、茶会などの貸室としても使われている。
旧上野家住宅馬屋は舞鶴市西方寺の大庄屋上野家の屋敷正面に建つ江戸後期の馬小屋。桁行2間半・梁間2間の土蔵造平屋建で、下部を縦板張り、上部を中塗りとし、両妻に小窓を開く。開館日には外観を無料で見学できる。
旧上野家住宅主屋は舞鶴市西方寺に残る大庄屋上野家の住まい。天保期の茅葺入母屋造で、四周に瓦葺の下屋をまわし、式台や東に突き出すカミノマ、妻を飾る懸魚に大庄屋の格式が表れる。開館日は無料で内部も見学できる。
旧上野家住宅神社は舞鶴市西方寺の大庄屋上野家が屋敷神を祀る江戸後期の小社殿。柿葺の一間社流造で覆屋に納まり、向拝の虹梁に龍の彫刻、木鼻に唐獅子と貘を刻み、正面の扉を舞鶴地方の特色とされる透かしとする。
旧上野家住宅中蔵は舞鶴市西方寺の大庄屋上野家の江戸後期の土蔵造2階建。桁行4間半と屋敷で最大の蔵で、内部を2間半と2間に仕切り、南面の2つの扉口からそれぞれ米蔵と味噌蔵として使われた。外観は開館日に見学できる。
旧上野家住宅長屋は舞鶴市西方寺の大庄屋上野家の屋敷の西側に建つ明治10年代の平屋。桁行11間半・梁間2間の細長い切妻造瓦葺で、北端に座敷を置き、東面に土庇をかけて、屋敷の西側の輪郭をはっきりとつくっている。
旧上野家住宅西蔵は舞鶴市西方寺の大庄屋上野家の長屋の北西に建つ土蔵造2階建。切石積の基礎に石段を設け、外壁を漆喰で白く仕上げる。建築年代は文化庁が昭和20年代、舞鶴市の資料が明治20年代とし、両者は一致しない。
旧上野家住宅東蔵は舞鶴市西方寺の大庄屋上野家の主屋背後に建つ江戸後期の土蔵造2階建。桁行2間・梁間2間と屋敷で最小の蔵で、切石積の土台、軒の鉢巻、正面の土庇を備え、西隣の中蔵と一列に並んで屋敷の裏手の景観をつくる。
旧上野家住宅塀は舞鶴市西方寺の大庄屋上野家の屋敷南側と庭園をめぐる延長44メートルの瓦葺の木造塀。江戸後期に築かれ、大正期に増築された。門と厠を含み、道路側は腰を羽目板とひしゃぎ竹張りとし、その上を漆喰で白く塗る。
京都市山科区の旧大野木家住宅の中心に建つ昭和14年上棟の主屋。棟梁は金森貢。軒の垂木まで漆喰で塗り込め、入母屋造本瓦葺に小屋根を重ねた城郭風の外観と、書院を備えた座敷が見どころ。登録有形文化財で内部は非公開。
京都市山科区の旧大野木家住宅で西蔵の南に建つ昭和11年頃の2階建土蔵。建築年の分かる7件で最も早い。腰板張と漆喰の伝統的な外観に鉄製扉を備え、東面の庇を支える持送りは鏝で仕上げる。登録有形文化財で非公開。
京都市山科区の旧大野木家住宅で東蔵と西蔵の壁に接して建つ昭和14年頃の護摩堂。正面1.8m・奥行4.0m、舟肘木と二軒半繁垂木を備え、漆喰の天井中央に排気口を開ける。住宅内の宗教施設の例。登録有形文化財。
京都市山科区の旧大野木家住宅で主屋の南を仕切る昭和前期の門と塀。間口1.6mの腕木門は節付丸太の柱に切妻造桟瓦葺の屋根をのせた数寄屋風で、腰を木賊張とした庭塀と合わせ総延長60m。登録有形文化財で現在は非公開。
京都市山科区の旧大野木家住宅で北蔵の南に建つ昭和16年の2階建土蔵。敷地西隅に連なる4棟の蔵の南端を占め、東面と南面の上部に小庇付きの窓を開ける。京都市の一覧では南蔵と記される。登録有形文化財で非公開。
京都市山科区の旧大野木家住宅で東蔵の西に並ぶ昭和14年の2階建土蔵。4棟の蔵のうち唯一の本瓦葺で、東蔵と棟の高さを違える。内部は1階が竪板張、2階が漆喰仕上げ。建築面積27㎡と最大。登録有形文化財で非公開。
京都市山科区の旧大野木家住宅で主屋座敷の西北、庭園の隅に建つ昭和14年の2階建土蔵。4.0m四方の切妻造桟瓦葺で、南面の庇下に掛子塗の両開戸、外壁は腰板張と漆喰仕上げ。登録有形文化財で、現在は敷地も非公開。
京都市山科区の旧大野木家住宅で主屋の東南に建つ昭和14年の物置。西面の下屋庇の下に低い腰掛を設けて待合を兼ね、玄関への通路から見える西・南面は腰を海鼠壁、軒と妻を漆喰塗込めとした。登録有形文化財で現在は非公開。
元禄16年(1703年)に梶井宮御殿の表門として創建された薬医門。間口約4.5m、高さ約7.4mの本瓦葺で、1935年に三井家邸宅へ移築。現在はHOTEL THE MITSUI KYOTOの表玄関として二条城に対峙する登録有形文化財。
大正4年築、旧片岡家住宅の外周を画す木造の高塀。京街道に沿って延び、中央に格子戸の出入口、北端には地蔵堂を埋め込む。土木ではなく建築として設計された、城下町の通り景観を支える一棟。