京都府の登録有形文化財
京都府 · 登録有形文化財
京都御所北西に佇む尼門跡寺院・大聖寺の本堂は、東京・青山御所から移築された登録有形文化財です。足利義満による1382年の創建以来、24代の内親王が入寺した「御寺御所」の歴史と、方丈形式の気品ある建築の魅力をご紹介します。
京都御所北に佇む尼門跡寺院・大聖寺の宮御殿は、光格天皇の皇女を迎えるために御所風に建てられた国登録有形文化財です。入母屋造の西棟と数寄屋風の東棟からなる優美な建築、望月玉川筆の襖絵、京都市指定名勝の枯山水庭園、歴代門跡の御所人形コレクションなど、500年以上にわたる皇室ゆかりの尼門跡文化を今に伝える貴重な空間です。
京都御所北西に佇む尼門跡寺院・大聖寺の渡り廊下は、国登録有形文化財に指定された昭和期の木造建築。皇室ゆかりの格式高い伽藍をつなぐ回廊の歴史と見どころを紹介します。
京都・船岡山の麓にそびえる建勲神社大鳥居は、台湾阿里山産の檜で造られた昭和9年建立の国登録有形文化財です。高さ7.2m、幅5.5mの荘厳な明神鳥居が、織田信長公を祀る神域への結界を構成しています。
京都・船岡山に鎮座し織田信長を祀る建勲神社。貴賓館は明治十三年築の木造平屋で、明治四十三年に山上へ移築された。ゆるやかに起る車寄と跳高欄付きの縁をめぐらし、東山を見晴らす近代和風建築である。
織田信長を祀る建勲神社の祭器庫は、拝殿の東北に建つ土蔵造二階建。明治十三年に建てられ昭和四年に移築された。入母屋造本瓦葺の置屋根をいただき、地形に応じて二階に出入口を設けた漆喰塗りの蔵である。
京都市北区・船岡山に鎮座する建勲神社の社務所は、昭和4年(1929年)竣工の国登録有形文化財。織田信長公を祀る神社の歴史、建築の魅力、見どころ、アクセス情報を詳しくご紹介します。
織田信長を祀る建勲神社の神饌所は、本殿の透塀の南に東西棟で建つ檜皮葺の建物。明治十七年に建てられ明治四十三年に移築された。東に土間と台所、中央に板間、西に八畳間を配し、神饌をととのえる場である。
織田信長を祀る建勲神社の透塀は、本殿の四周を囲み延長約五十五メートルに及ぶ。明治四十三年築で、正面は祝詞舎の両脇に付く。腰板壁の上に菱格子を組み、聖域の際を示して森厳な気配をつくる工作物である。
京都御所の北、今出川キャンパスに建つ同志社女子大学ジェームズ館。1914年、関西建築界の父・武田五一が手がけた登録有形文化財。カリフォルニア民家を範とした煉瓦壁と日本の桟瓦葺屋根が織りなす、和魂洋才の名建築をご紹介します。
京都市下京区、諏訪町通松原下るに建つ十四春主屋は、明治42年(1909)に医薬品関係業の本宅として建てられた高塀造仕舞屋。書院造の座敷と銘木の意匠、奥の土蔵と中庭が織りなす空間が、明治末期の京町家の暮らしを今に伝えます。
京都・下京の京町家「十四春旅館」の奥にひっそりと立つ本瓦葺・土蔵造2階建の蔵。明治42年(1909年)築で、窓まわりの掛子塗と黒漆喰で固めた戸口は門構風に整えられ、明治末の屋敷構をそのままとどめる。平成17年登録の有形文化財建造物。
京都府向日市上植野町、旧西国街道に面して建つ中小路家住宅長屋門。桁行4.7メートルの小規模な門で、北側に2畳の部屋と出格子窓を設け、南端は穀蔵に接続する。明治前期の建築で、平成20年に登録有形文化財となった。
京都府向日市上植野町の中小路家住宅離れ及び内門。主屋の東南に建つ離れと、その庇に連続する桁行6.0メートルの内門が、屋敷の表向きと私的な一角を分ける。いずれも明治前期の建築で、平成20年に一括して登録された。
京都府長岡京市調子の旧西国街道に北面する中野家住宅主屋は、江戸末期の建築で平成22年に国の登録有形文化財となった。建築面積194平方メートル、厨子二階の壁に虫籠窓を三箇所開ける。現在は飲食店なかの邸として公開。
京都府長岡京市調子の中野家住宅茶室は昭和26年の建築で、平成22年に国の登録有形文化財となった。皎庵と称する四畳半の茶席で、四分割した網代天井に照明を組み込む。数寄屋大工九代北村傳兵衛による現存作の一つ。
京都府長岡京市調子の中野家住宅土蔵は江戸末期の建築で、平成22年に国の登録有形文化財となった。桁行4.3メートル梁間4.5メートルの土蔵造二階建。茶室とともに庭を構成し、現在は珈琲の焙煎場として使われている。
京都府八幡市の中村家住宅上の蔵は、大正6年建築の土蔵造2階建。桁行7.9メートル、北面の水切瓦や東妻の土戸両開が見どころで、放生川と安居橋の河岸景観に寄与する登録有形文化財として平成24年に登録された。
京都府八幡市の中村家住宅表門は、昭和前期建築の一間一戸の腕木門。門口2.1メートルに起り屋根、一軒疎垂木、ナグリ仕上の控柱、筬欄間を納める。石清水八幡宮の参道景観に寄与する建物として、平成24年8月に登録された。
京都府八幡市の中村家住宅大歌堂は、大正6年頃に道頓堀弁天座の座主が別邸として建てた座敷棟。折上格天井の十五畳に三畳の上段の間と書院がつく上質な近代の書院で、現在は一棟貸しの宿として泊まることもできる。