京都府の登録有形文化財
京都府 · 登録有形文化財
京都市上京区の山本家住宅土蔵は、昭和15年建築の土蔵造2階建で建築面積20平方メートル。内部の墨書により同年の上棟が確認され、主屋を含む屋敷全体の年代を決める根拠となっている。平成19年に登録有形文化財となった。
昭和17年、近衞文麿が所蔵品の閲覧のために建てた木造平屋393㎡の数寄屋造。主屋と客殿からなり、内部に茶室滴庵を持つ。設計は日建設計の源流を築いた長谷部鋭吉。参観で内部を見学できる唯一の建物。登録番号26-0030。
陽明文庫の運営と目録作成を担う木造平屋159㎡の事務所。簡素な構成ながら玄関周りの格子と暖炉の煙突を持ち、文化庁が洋風とも和風ともつかないと評した長谷部鋭吉の設計。書庫二棟と並んで建つ。登録番号26-0029。
昭和13年、近衞文麿が財団発足に先立って建てた建築面積73㎡の書庫。土蔵の外観に鉄筋コンクリートの躯体を隠し、湿度管理を意識した高床の構えを取る。設計は長谷部鋭吉、大工棟梁は俣野忠蔵。登録番号26-0027。
昭和15年築、鉄筋コンクリート造二階建121㎡の書庫。第一文庫と設計者も棟梁も同じながら、厳しい資材事情から床下吹き放ちを断念した。二階の展示室が参観で所蔵品を公開する場となる。登録番号26-0028。
京都・嵯峨野に佇む落柿舎は、俳聖・松尾芭蕉の高弟・向井去来が営んだ草庵で、芭蕉が名作『嵯峨日記』を著した場所として知られています。国の登録有形文化財に指定された茅葺きの庵は、江戸時代の俳諧文化を今に伝え、日本三大俳諧道場のひとつに数えられる文学の聖地です。
京都府亀岡市の楽々荘日本館は、京都鉄道の創設者・田中源太郎が明治31年頃に建てた書院造の和館。主人室と夫人室で意匠を変えた床棚に明治期最上等の大工技術が刻まれ、植治作庭の池泉庭園と向き合う。1997年に国の登録有形文化財に登録。
京都府亀岡市に建つ楽々荘洋館は、明治31年(1898)頃に実業家・田中源太郎の本宅として清水組により建てられた煉瓦造一部木造2階建ての洋館で、東面と南面のベランダや各室ごとに異なる暖炉・床仕上げなど、明治後期最高水準の職人技を伝える国の登録有形文化財です。日本館・玄関とともに残る希少な明治邸宅遺構を、七代目小川治兵衛作庭の名園とあわせてご紹介します。
京都・銀閣寺前、哲学の道沿いに佇むレストラン・ノアノア(旧橋本関雪邸洋館)は、日本画の巨匠・橋本関雪が1929年(昭和4年)頃に自邸「白沙村荘」の一画に自ら設計して建てた洋館です。鉄筋コンクリート造2階建、瓦葺の小ぶりな館は、スパニッシュ様式を基調としつつ玄関の庇に和風の垂木形を加えた独自の意匠で、昭和初期の洋風住宅デザインの一つの潮流を今に伝える貴重な遺構として、2005年に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。当初は関雪が蒐集した西洋古美術コレクションを陳列するための空間でしたが、現在はパスタやピッツァが評判の欧風レストラン「ノアノア」として親しまれ、文化財建築の中で京都東山の自然を眺めながらゆったりと食事を楽しめる、稀有な体験ができる場所となっています。
京都・四条大橋の東詰、南座の真向かいに建つレストラン菊水は、1916年(大正5年)創業、京都における西欧料理の草分け的存在として知られる老舗洋食店です。1926年竣工の店舗は、表現主義を基調にアール・デコやスパニッシュ瓦を取り入れた鉄筋コンクリート造5階建ての名建築で、屋上の放物線塔屋がシンボル。1997年に登録有形文化財に登録され、大正期京都のハイカラ文化を今に伝えています。
京都府舞鶴市の平野屋商店街にある若の湯は、明治三十六年創業、現在の建物は大正十二年築の洋風意匠の銭湯です。二〇一八年に国の登録有形文化財に指定され、平成の名水百選「真名井の清水」と同水脈の地下水を薪で沸かし、銭湯絵師・中島盛男氏による富士山と赤富士のペンキ絵を眺めながら、大正ロマンと地元の人情にひたれる貴重な近代建築です。
新町通花屋町下る、西本願寺の南に建つ和田家住宅主屋は、明治期建築の京町家。桁行四間の表屋に出格子・荒格子・切子格子の三種が並び、つし二階を備える。背後には坪庭・玄関を挟んで台所と座敷が連なり、2008年に登録有形文化財となった。
京都大学桂キャンパスに眠る2,653点のコレクション「建築教育資料(京都帝国大学工学部建築学教室旧蔵)」をご紹介します。関西建築界の父・武田五一が大正期に蒐集したフランク・ロイド・ライト帝国ホテルの石膏模型や法界寺阿弥陀堂模型、ジョサイア・コンドル建築図面など、近代日本の建築教育の黎明期を伝える貴重な文化財をめぐる旅へ。