京都府の登録有形文化財
京都府 · 登録有形文化財
京都・岡崎に佇む関西美術院は、1906年に浅井忠が創立し、武田五一が設計した日本最古の私設洋画研究所です。国登録有形文化財に登録されたこの建物では、北向きの窓から差し込む安定した自然光のもと、110年以上にわたり洋画教育が続けられています。安井曾太郎、梅原龍三郎など日本洋画界の巨匠を輩出した歴史ある画塾の魅力をご紹介します。
元禄16年(1703年)に梶井宮御殿の表門として創建された薬医門。間口約4.5m、高さ約7.4mの本瓦葺で、1935年に三井家邸宅へ移築。現在はHOTEL THE MITSUI KYOTOの表玄関として二条城に対峙する登録有形文化財。
大正4年築、旧片岡家住宅の外周を画す木造の高塀。京街道に沿って延び、中央に格子戸の出入口、北端には地蔵堂を埋め込む。土木ではなく建築として設計された、城下町の通り景観を支える一棟。
大正4年、呉服商から銀行家となった片岡家が来客のために建てた書院造の座敷。式台玄関を構え、一流の工芸家の建具や希少な霧島杉の天井で仕上げる。現在は鴨料理店として内部を見学できる。
大正4年築、旧片岡家住宅の西土蔵。由良川の水害に備えて敷地を約一メートル嵩上げし、通常は二階建の土蔵を三階建とする。二階建離座敷と廊下でつながり、接客の什器を納めたと伝わる一棟。
昭和9年築、旧片岡家住宅の平屋離座敷。竹の落掛や火燈窓など数寄屋風の意匠でまとめた続き間の座敷で、大正の格式ある書院造と対をなす。私的でくつろいだ住まいの趣を今に残す一棟である。
大正4年築、昭和9年に現在地へ移築された旧片岡家住宅の南土蔵。東面を主屋脇の高塀の意匠に合わせて仕立て、街道側の町並みに統一感を与える。面ごとに表情を変える、二つの顔をもつ一棟である。
京都府南丹市美山町に佇む旧小山家住宅(田村屋螢庵)の庭門及び塀は、国の登録有形文化財。明治期の大庄屋の風格を伝える門と杉皮葺きの塀の魅力、見どころ、アクセス情報をご紹介します。
京都・御室の双ヶ岡北斜面に建つ旧邸御室主屋は、昭和12年築の近代和風邸宅。十二畳半と十畳の座敷が庭に面し、富士山の欄間や花梨の一枚板に庭が映る庭鏡で知られる。平成29年登録の有形文化財で、通常は貸空間として非公開。
旧邸御室の庭園南東隅、小高い位置に建つ茶室双庵。木造平屋建・桟瓦葺の四畳半で、北面に大きな窓を開き御室の町並みと山並みを一望する。閉じた茶室と異なる開放性が評価され、平成29年に登録有形文化財となった。
旧邸御室の敷地北西隅に建つ土蔵は、二間四方・土蔵造二階建で本瓦葺。ヒノキの和小屋を組み、良材を用いた丁寧な造りである。白壁と瓦屋根が敷地内外の景観をかたちづくる点が評価され、他の四棟と異なる基準で登録された。
旧邸御室の庭園、茶室の西方に建つ待合は約4.8㎡と五棟中で最も小さい。銅板葺に棟瓦を積み、丸窓や奇木、台形の切込みなど意匠を凝らす。足元の枯流れと沢飛石も見どころで、平成29年に登録有形文化財となった。
旧邸御室の敷地北面から西面北寄りを画す塀と、その北面に開く門。門扉外面の名栗、真壁造の塀、西面土台の舟肘木状部材など、境界にまで及ぶ意匠が評価され、平成29年に一件の登録有形文化財となった。総延長62m、間口3.5m。
京都市北区に佇む旧藤ノ森湯は、昭和5年築の登録有形文化財建造物です。唐破風の玄関、色鮮やかなマジョリカタイル、格天井など、往時の銭湯建築の粋を今に伝えます。現在はカフェ「さらさ西陣」として生まれ変わり、歴史的空間でくつろぎのひとときを過ごせます。
京都府舞鶴市に残る旧舞鶴鎮守府乙号官舎は、明治35年(1902年)に旧海軍の標準仕様で建てられた上級将校用の和風住宅です。寄棟造・桟瓦葺の木造平屋建てで、接客空間と生活空間を明確に分けた合理的な間取りが特徴。日本海側唯一の鎮守府として発展した舞鶴の歴史を伝える国登録有形文化財です。
京都芸術センター北館は、1931年に建てられた旧明倫小学校の北校舎を活用した国の登録有形文化財です。スパニッシュ風の鉄筋コンクリート建築や独特のスロープ構造、祇園祭の山鉾町に隣接する立地の魅力をご紹介します。
昭和2年竣工の京都市役所本庁舎は、ネオ・バロック様式の骨格に日本・中国・インド・イスラムの東洋的モチーフを融合させた独自の意匠を持つ近代建築の傑作です。2025年に国の登録有形文化財に登録された本庁舎の建築的魅力、歴史、見どころをご紹介します。
1925年、京都大学創立25周年を記念して建設された楽友会館は、日本初の近代建築運動「分離派建築会」の創設メンバー・森田慶一が設計したスパニッシュ・ミッション様式の洋館です。Y字型柱のポーチや森谷延雄による室内装飾など、大正建築の粋を今に伝える国登録有形文化財。
京都大学吉田キャンパスに佇む尊攘堂は、1903年築の煉瓦造平屋建ての登録有形文化財です。吉田松陰の遺志を継いだ門弟・品川弥二郎が創設した記念堂に由来し、維新志士の遺墨や遺品を収蔵してきました。スタッコ塗りの外壁や鉄造の玄関ポーチなど和洋折衷の意匠が特徴で、現在は埋蔵文化財の資料室として活用されています。
京都市中京区堺町通に佇む旧堀野家本宅主屋は、天明元年(1781年)創業のキンシ正宗発祥の地に残る明治中期の大型京町家です。切子格子や虫籠窓、黒漆喰の外壁が美しい外観と、1階に数寄屋風座敷・2階に書院座敷を配した独自の構成が高く評価され、国の登録有形文化財に登録されています。