参道の入口に立つ背の高い高麗門

本願寺四日市別院二之門は、大分県宇佐市四日市にある浄土真宗本願寺派の別院の外門で、江戸時代末期(1830年〜1868年)に建てられ、平成28年(2016年)に国の登録有形文化財となった。

山門の東、参道の入口に建つ。一間一戸の高麗門で、間口は4.2メートル。屋根は切妻造桟瓦葺、軒は一軒繁垂木とする。高麗門は本柱に切妻の屋根を載せ、後方の控柱にも小さな切妻屋根を別に架ける形式で、本願寺四日市別院二之門もその通りに組まれている。

特徴は建ちの高さである。門柱が高く取られているぶん、通り抜けるときに見上げる角度が急になる。参道に入ったことを体で分からせる寸法になっている。

城門の形式を寺の外門に使う

高麗門はもともと城郭の門として発達した形式で、寺院の外門に使われる例はそれほど多くない。本願寺四日市別院二之門がこの形式を採っているのは、門前町の街路から境内へ切り替わる境目を、はっきりした構えで示す必要があったためと考えられる。

細部には寺院らしい装飾も入る。中備には彫刻を施した蟇股を置き、妻飾りは笈形付きの大瓶束で棟木を支える。親柱は五平と呼ばれる扁平な角柱、控柱は角柱で、部材の断面まで使い分けている。

登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。四日市の門前町を歩いたときに最初に目に入る建物であり、町並みの一部として評価された。

門を額縁として使う

本願寺四日市別院二之門の見どころは、門そのものより門が切り取る景色にある。真下に立って西を向くと、山門と本堂がまっすぐ奥に重なって見える。東西の軸が一直線に通っているので、三つの建物が入れ子になった構図がここでだけ成立する。

門の造りを見るなら、少し北か南へ回り込むとよい。高麗門は正面からだと屋根が一つに見えるが、斜めからは本柱の切妻屋根と控柱の小屋根が別々に架かっているのが分かる。妻飾りの大瓶束も、この角度からのほうが読める。

蟇股の彫刻は高い位置にあるので、望遠があれば持っていきたい。

本願寺四日市別院二之門の見学

本願寺四日市別院二之門は参道の入口にあり、通行も見学も自由である。門は境内の外周にあたる位置なので、開門時間外でも外側から姿は見られる。

撮影に制限はない。ただし門の前は門前町の生活道路にもなっているため、道の真ん中に長く立ち止まらないほうがよい。門を額縁にして山門と本堂を撮るなら、参道の中心線に立つ短い時間で構図を決めることになる。

境内の拝観条件や交通は、本願寺四日市別院の案内にまとめてある。

よくある質問

Q本願寺四日市別院二之門はいつ建てられましたか。
A江戸時代末期、西暦では1830年から1868年の間の建立とされています。
Q本願寺四日市別院二之門はどんな形式の門ですか。
A一間一戸の高麗門です。本柱に切妻屋根を載せ、控柱の上にも別に小さな切妻屋根を架けます。間口は4.2メートルです。
Q本願寺四日市別院二之門と山門は何が違いますか。
A二之門は参道の入口に建つ外門で高麗門、山門は境内の正面に構える四脚門です。二之門のほうが東側、外寄りに位置します。
Q本願寺四日市別院二之門の見どころを教えてください。
A門の下から西を向くと、山門と本堂が一直線に重なって見えます。細部では中備の彫刻付蟇股と、笈形付大瓶束の妻飾りが見どころです。
Q本願寺四日市別院二之門はいつ登録有形文化財になりましたか。
A平成28年(2016年)2月25日です。境内の11棟が同じ日に登録されました。

基本データ

名称本願寺四日市別院二之門
所在地大分県宇佐市四日市1410-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成28年(2016年)2月25日登録
員数1棟
寸法間口4.2メートル
所有者宗教法人本願寺四日市別院
公開状況参道の入口にあり、通行と見学は自由

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 本願寺四日市別院二之門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011026
宇佐市 指定等文化財一覧
https://www.city.usa.oita.jp/sougo/soshiki/18/shakaikyoiku/3/bunkazai/2149.html
宇佐市 東本願寺・西本願寺四日市別院
https://www.city.usa.oita.jp/tourist/touristspot/touristspot2/touristspot3/10183.html
大分県 国指定・選定等文化財一覧
https://www.pref.oita.jp/kyoiku/tmp/bunka/post-101/1.pdf

最終更新日: 2026.09.13