寶福寺書院 ― 自然木の落掛を用いた四畳半を持つ明治の書院

寶福寺書院(ほうふくじしょいん)は、岡山県総社市井尻野の臨済宗寺院・寶福寺で方丈の北背面に渡廊下でつながる明治時代中期の書院で、2009年(平成21年)4月28日に国の登録有形文化財に登録された。

東西に棟を通す入母屋造・桟瓦葺の平屋建で、瓦葺の下屋庇を付ける。建築面積は72平方メートル。西に四畳半、東に六畳の2室を並べ、北側に一間幅の畳敷の部分を設け、南から西の面には縁板を長手方向に張った榑縁をまわす。明治時代中期に建てられ、昭和33年(1958年)に改修を受けた。

書院は、住まいのなかで客を迎えたり、書見や茶を楽しんだりするための座敷を中心とした建物である。寶福寺書院は方丈から渡廊下を経て入る奥まった位置にあり、寺の儀礼の場である方丈とは性格の異なる、落ち着いた居室として造られている。登録番号は33-0214である。

登録の理由と価値 ― 趣のある居室

寶福寺書院は「造形の規範となっているもの」として登録された。文化庁の解説は、四畳半の座敷の意匠に注目し、趣のある居室と評している。

四畳半の西面には、トコ(床の間)と付書院を並べて設ける。付書院は、床の間の脇に張り出した造り付けの机と明かり障子からなる設えで、本来は書見のための場所であった。そして床の間の上部の小壁を受ける横木である落掛に、製材した角材ではなく自然木を用いている。自然の形を残した材を意匠の要所に使うのは、茶室や数寄屋に通じる手法で、格式ばった方丈とは異なるくつろいだ雰囲気を生んでいる。

寶福寺書院は明治時代中期の建物で、江戸時代に再建された伽藍のなかで、明治期にも整備が続いたことを示す一棟である。

見どころ

寶福寺書院の見どころは四畳半の座敷にある。西面に床の間と付書院が並び、床の間の上には自然木の落掛が渡されている。自然木の落掛は、この座敷の意匠の要となる部分である。

外観では、入母屋の主屋根の下に瓦葺の下屋庇が付き、屋根が二段に重なって見える。南から西へまわる榑縁は、縁板を建物の長手方向に張る仕上げで、座敷と庭先をつなぐ場所となっている。

寶福寺書院は方丈の北背面にあり、方丈から渡廊下でつながる。方丈の大屋根と、その背後の書院の小ぶりな屋根とを見比べると、儀礼の場と居室という機能の違いが規模と形に表れていることがわかる。

見学の手引き

寶福寺書院は方丈の北背面にある。書院の座敷を一般公開するという案内は、県や市の観光案内には出ていない。

書院は方丈の奥に位置し、寺の生活の場に近いので、立ち入りが制限されている場所には入らないようにしたい。

撮影に関する掲示は案内類に見当たらないが、方丈の背後は寺の方々の生活の場に近いので、立ち入れる範囲から静かに見学したい。

Q&A

Q寶福寺書院はいつ建てられましたか。
A明治時代中期の建築で、昭和33年(1958年)に改修されています。2009年(平成21年)4月28日に国の登録有形文化財に登録されました。
Q寶福寺書院はどこにありますか。
A方丈の北背面にあり、方丈から渡廊下でつながっています。
Q寶福寺書院の間取りは?
A西に四畳半、東に六畳を並べ、北に一間幅の畳敷、南から西に榑縁をまわします。建築面積は72平方メートルです。
Q寶福寺書院の見どころは?
A四畳半の西面に床の間と付書院を並べ、床の間の落掛に自然木を用いた座敷の意匠です。
Q寶福寺書院の座敷は見学できますか。
A県や市の観光案内に座敷の公開の記載はありません。方丈の北背面に建つ書院の外観を、境内の立ち入れる範囲から見る形になります。

基本情報

名称寶福寺書院(ほうふくじしょいん)
所在地岡山県総社市井尻野1968-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年2009年(平成21年)登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積72平方メートル
所有者宗教法人寶福寺
公開状況座敷の公開案内なし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)寶福寺書院
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007675
文化遺産オンライン 寶福寺書院
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/120747
国指定文化財等データベース(文化庁)寶福寺方丈
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007587
総社市 国登録_宝福寺建造物群(方丈・庫裏・仏殿など全24件)
https://www.city.soja.okayama.jp/soshiki/26/2960.html

最終更新日: 2026.09.25