茅葺の大屋根をいただく主屋

溝手家住宅主屋(みぞてけじゅうたくおもや)は、岡山県都窪郡早島町にある江戸時代中期にさかのぼるとされる豪農の住まいで、令和3年(2021年)に登録有形文化財に登録された。

屋敷の中央に建つ木造二階建の母屋で、建築面積は494平方メートルある。17世紀から村役を務めた溝手家の暮らしと家政の中心だった建物である。文化庁のデータベースは年代を江戸中期としながら、弘化2年(1845年)頃の工事と万延元年(1860年)の増築も併記しており、溝手家住宅主屋が代を重ねて大きくなった家であることがうかがえる。

登録の理由

溝手家住宅主屋は、登録番号33-0337として「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録された。文化庁の解説が外観の特徴として挙げるのは、伸びやかに広がる屋根である。

屋根の主体は、南北に棟を通した入母屋造の茅葺で、そこへ瓦葺の部分が加わる。長屋門をくぐり、前庭を隔てて奥に大屋根が構えるという屋敷の構成は、この溝手家住宅主屋があって初めて成り立つ。

見どころ:錣葺の玄関と西の居宅

東を向く正面には、入母屋造の玄関が張り出す。玄関の屋根は錣葺(しころぶき)で、上下の屋根面の間に段を付けて葺き分けている。玄関と脇の下屋は本瓦葺とし、茅の大屋根と重い瓦の対比が正面を引き締める。文化審議会の答申が豪壮と評したのは、この正面構えである。

南東の隅は奥座敷で、矩折れに切目縁をめぐらせている。溝手家住宅主屋でもっとも格の高い部屋を、庭の側へ開いた造りである。

西側には中庭をはさんで、入母屋造桟瓦葺の二階建の居宅が増築された。茅葺の古い棟と瓦葺の新しい棟が中庭を介して一つの家を成す平面で、土間の西面には三号蔵の戸口が開いている。米蔵だった蔵へ、家の中から直接出入りできた。

見学方法

溝手家住宅主屋は個人の住まいで、内部は公開されていない。屋敷の中央に建ち、道路との間に長屋門と前庭がはさまるため、敷地の外から溝手家住宅主屋の全体を見ることはほぼできない。

屋敷の外で見られるのは東面の長屋門までと考えておきたい。門の内側へは入らず、撮影も道路からにとどめる。

Q&A

Q溝手家住宅主屋は見学できますか?
A個人の住宅のため内部は非公開で、敷地にも入れません。溝手家住宅主屋は屋敷の中央にあり、道路からはほとんど見えません。
Q溝手家住宅主屋はいつ建てられたのですか?
A文化庁の資料では江戸時代中期にさかのぼるとされ、弘化2年(1845年)頃の工事と万延元年(1860年)の増築が記録されています。
Q溝手家住宅主屋の屋根はどのような造りですか?
A南北棟の入母屋造茅葺を主体に一部を瓦葺とし、東正面の玄関は入母屋造の錣葺、玄関と下屋は本瓦葺です。
Q溝手家住宅主屋はなぜ登録有形文化財に登録されたのですか?
A登録番号33-0337として「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されました。文化庁は伸びやかな茅葺の屋根が外観を特徴づけている点を評価しています。
Q溝手家住宅主屋は屋敷のどこに建っていますか?
A敷地の中央です。東の長屋門から前庭を隔てた奥に建ち、北にビリヤード場と一号蔵、北西に三号蔵、前庭の南に新座敷があります。

基本情報

名称溝手家住宅主屋
所在地岡山県都窪郡早島町早島字頓行1489
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和3年(2021年)2月4日登録
員数1棟
寸法木造2階建、茅葺一部瓦葺、建築面積494平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(敷地外からはほとんど見えない)

参考文献

国指定文化財等データベース「溝手家住宅主屋」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013634
文化遺産オンライン「溝手家住宅主屋」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/583923
文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)について 令和2年7月17日(文化庁)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/93206101_02.pdf

最終更新日: 2026.09.24