明治
Meiji明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
旧石橋家住宅中蔵は彦根市芹町の東主屋裏に建つ明治後期の土蔵。東蔵と並ぶ妻入の漆喰塗りで、南面に共有の下屋を掛ける。小屋組は湾曲した梁で棟木を受け、洋小屋の東蔵と対をなす。2013年登録、内部は非公開。
旧石橋家住宅中主屋は彦根市芹町にある明治前期の町家。漆喰で塗り込めた2階に袖うだつを上げ、1階に出格子と駒寄せを並べる。内部は幅広の土間と二列六室の間取り。2013年に登録有形文化財、外観のみ見学できる。
旧石橋家住宅西蔵は彦根市芹町の敷地北西隅に建つ明治前期の土蔵。桁行6メートル・梁間4メートルの2階建で、屋敷の蔵では最大。両妻の小窓に木枠で支える庇を付け、小屋は登り梁。2013年登録、内部は非公開。
旧石橋家住宅東蔵は彦根市芹町の東主屋裏に建つ明治後期の土蔵。妻入の漆喰塗りで、隣の中蔵と吹き放しの下屋を共有する。外観は伝統的な土蔵ながら小屋組は洋小屋。2013年に登録有形文化財に登録、内部は非公開。
旧石橋家住宅東主屋は彦根市芹町に建つ明治後期の町家。通りに二階建の表屋を構え、玄関と中庭を挟んで住居部を置く表屋造で、建築面積282平方メートルと屋敷の主屋3棟で最大。2013年登録、外観のみ見学可。
旧一圓家住宅文庫蔵は明治前期(1868年から1882年)建築の土蔵造2階建。主屋の北東の張出しに接続し、主屋のクチロウカから出入りする内蔵で、白色の鉄板張に鉢巻を廻らす。平成26年(2014年)登録。
旧北村医院(李軒邸)西病棟は、滋賀県長浜市にある明治前期の病棟。2階建切妻造桟瓦葺で、各階に六畳2室を並べ、2階は起り天井に釣床を備える。明治の医家の様子を伝える希少な建築として令和3年(2021年)に登録された。
旧石橋家住宅北塀は彦根市芹町で中蔵と西蔵の間をつなぐ明治後期の塀。高さ3.5m、延長8.2m。東寄りに一間幅の出入口を設けて板戸を吊り、北面の中塗りの小壁に木瓜形の窓を開け、腕木で軒を支える。2013年登録。
旧石橋家住宅西塀は彦根市芹町の敷地北西隅を矩折れに囲う明治前期の塀。高さ3.4m、延長28mで4棟の塀のうち最長。外側は高い竪板張と漆喰の小壁、内側は低い腰板と中塗りの壁と仕様を変える。2013年登録、敷地内は非公開。
旧石橋家住宅庭塀は彦根市芹町で中主屋と南蔵を折れ曲がって結ぶ明治前期の塀。総延長9.7m。北側は腰板と漆喰壁の切妻造桟瓦葺、南側は大和塀形式で中央に潜戸を開き襷欄間を設ける。2013年登録、敷地内は非公開。
旧石橋家住宅南塀は彦根市芹町の東主屋と中主屋の間から東主屋の東側へ矩折れにのびる明治後期の塀。高さ3.3m、総延長21m、切妻造桟瓦葺で腰に竪板、小壁は真壁。東隣との境で棟を下げる。2013年登録、通りから見学できる。
旧常喜医院主屋は米原市堂谷に明治37年に建てられた医家の主屋。1階南側の玄関まわりを医院、北側と2階を住まいとする。改修図面が残り、医院の変遷をたどれる点も評価され、令和元年に登録有形文化財となった。
旧常喜医院西蔵は滋賀県米原市堂谷の医家の主屋北側に建つ明治後期の土蔵造2階建。米や雑穀を納めた蔵で、内部は片引戸で2室に仕切る。外壁は漆喰塗と竪板張で東蔵とそろい、令和元年に国の登録有形文化財となった。
滋賀県大津市京町二丁目の旧多田家住宅主屋は、明治中期の木造二階建町家。旧市街地の小路に西面し、間口三間半の正面に出格子と駒寄せを備える。内部は一列四室形式で、平成26年に登録有形文化財となった一棟である。
旧田中家住宅で最も古い明治25年建立の土蔵造2階建。西面出入口の扉枠に植物紋の渦や田源の家紋を漆喰で象り、東妻では丸窓上に唐破風状の庇を付ける。技巧的な左官仕事で知られ、現在は料亭近江商人亭の一棟。
大津市葛川坊村町の葛野常満家住宅蔵は、明治6年(1873年)の土蔵造2階建。主屋の北で明王院の参道に妻面を向け、高く張った焼板の腰と漆喰の対比が参道景観の要とされ、2001年に登録有形文化財に登録された。
黒壁ガラス館本館(旧第百三十銀行長浜支店)は滋賀県長浜市元浜町にある明治33年(1900年)の土蔵造の旧銀行で、登録有形文化財。黒漆喰の外観から黒壁と呼ばれ、軒蛇腹や上下窓、天井飾りに洋風を取り入れる。
小泉家住宅裏門及び塀は昭和13年(1938年)の門と塀で、敷地西面の南半分を区画する。間口2.4メートルの腕木門と総延長22メートルの塀は、舟板の腰と横連子の欄間をもち、木部を弁柄で塗る。平成27年に登録有形文化財となった。
小泉家住宅表門及び表塀は明治40年(1907年)頃の門と塀で、昭和13年に改修された。北を向く間口3.8メートルの薬医門と、舟板の腰をもつ延長19メートルの矩折れの表塀が屋敷の表構えをつくる。平成27年に登録有形文化財となった。
小泉家住宅納屋は明治40年(1907年)頃の木造平屋建。内部は土間で、北は物置と精米所、南は柴入れとして使われた。腰に舟板を竪張りし、表塀とつながって屋敷東辺の景観をつくる。平成27年に登録有形文化財となった。