昭和
Shōwa昭和時代(1926 – 1989)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
長野県千曲市、北国街道下戸倉宿の坂井銘醸に建つ仕込蔵。土蔵造の和の躯体に洋風のキングポストトラスを架け、腰は人造石仕上げとする。平成15年登録の登録有形文化財で、酒造コレクションとして公開されている。
長野県佐久穂町の栄橋は、昭和十三年に架けられた鉄筋コンクリート造のローゼ橋。中央支間四五メートルは戦前のコンクリートローゼ橋で国内最長で、世界初の技術を確立した技師・中島武の手による現存五橋のひとつ。令和七年に登録有形文化財となった。
昭和7年、ライトに師事した建築家・遠藤新が設計した数寄屋造りの別棟。座敷から広縁、庭へと続く構成が近代観光旅館の原型となり、平成15年に登録有形文化財となった。今は8室の宿「豊年虫」として泊まることができる。
長野県飯綱町の小学校敷地に建つ昭和17年築の茶室、通称法母庵。三畳と四畳半の二席が水屋を共有し、大人数の稽古に応じる平面をとる。躙り口と掛込天井を備え、平成28年に「造形の規範」として登録有形文化財となった。
信濃教育会生涯学習センターは長野県安曇野市豊科高家にある昭和4年(1929年)の木造2階建の建物で、登録有形文化財。旧信濃教育会館の本館を長野市内から移築したもので、左右対称の正面中央に車寄を付け、屋根窓付きのマンサード屋根を載せる。
飯田市仲ノ町に昭和13年(1938年)に竣工した木造2階建の洋風建築。屋根中央のマンサード形の破風と幾何学模様の壁、左右のドーマー窓、下見板張の外壁が特徴で、1階は事務室、2階は講堂。下伊那教育会の本館として現役。
飯田市の下伊那教育会館の北背面に南面して建つ、昭和13年(1938年)の土蔵造2階建の蔵。桁行3間、梁間2間半。鉢巻の下まで海鼠壁を張り上げた腰高の外観で、もとは幕末以降の下伊那の教育資料を収めていた。
上田市の信州大学上田キャンパスに建つ昭和4年(1929年)の旧上田蚕糸専門学校講堂。下見板張の木造2階建で、文部省の設計。玄関の三角に張り出す窓と桑・繭・蛾の意匠が特徴で、今も卒業式や学会の会場に使われている。
巣山家住宅主屋は長野県塩尻市木曽平沢にある昭和8年(1933年)の平入・2階建の主屋で、登録有形文化財。代々漆器製造に携わった家の住まいで、出桁で2階を通りへ持ち出し、両端に袖壁を立てる伝統的な正面を保つ。
巣山家住宅東土蔵は長野県塩尻市木曽平沢にある昭和7年(1932年)の土蔵造2階建の蔵で、登録有形文化財。シモノクラと呼ばれ什器を納めた。腰を海鼠壁、上部を白漆喰とした丁寧なつくりで、西土蔵と一続きの屋根を架ける。
諏訪湖ホテル迎賓館は長野県諏訪市湖岸通りの片倉館の南隣に建つ昭和3年(1928年)の木造2階建の洋館で、登録有形文化財。寄棟造・桟瓦葺の外観をスパニッシュ風にまとめ、1階を洋室、2階を和室とし、イタリア産大理石や台湾檜を用いる。
セイコーエプソン創業記念館(旧大和工業事務所)は長野県諏訪市大和の諏訪湖東岸に建つ昭和20年(1945年)の木造2階建の事務所で、登録有形文化財。時計部品製造会社の旧事務所で、下見板張に連窓を連ね、諏訪の時計製造の基点となった洋風事務所。
象山神社絵馬殿は長野市松代町の象山神社境内に東面して建つ昭和13年の絵馬殿。入母屋造で、出桁を用いた深い軒と開放的な側廻り、妻の木連格子をもち、休憩所を兼ねる簡素なつくりとして平成17年に登録有形文化財となった。
象山神社斉館は長野市松代町の象山神社境内南部に建つ昭和13年の斉館。入母屋造・桟瓦葺に唐破風の玄関を構える和風の外観ながら、たちの高いつくりと縦長窓、洋室の内部をもち、平成17年に登録有形文化財となった。
象山神社社務所は長野市松代町の象山神社境内南側に西面して建つ昭和13年の社務所。入母屋造・銅板葺の南北に長い建物で、切妻造玄関に加え式台玄関と座敷を張り出し、複雑な屋根の処理が評価され平成17年に登録有形文化財となった。
象山神社拝殿・祝詞殿は長野市松代町の象山神社の正面に建つ昭和13年の社殿。向拝付入母屋造の拝殿に神饌所と祝詞殿を組み合わせ、蔀戸を用いた住宅風の意匠で複雑な構成をまとめ、平成17年に登録有形文化財となった。
象山神社宝殿は長野市松代町の象山神社境内に東面して建つ昭和13年の宝殿。切妻造・銅板葺で切石積基壇に建ち、腰板張と漆喰壁、側面の縦連子窓を備え、通風口や縁・階段の工夫が評価されて平成17年に登録有形文化財となった。
象山神社本殿は長野市松代町の象山神社の奥に建つ昭和13年の本殿。三間社流造・銅板葺で、身舎に円柱、庇に角柱を用い、脇障子を置かない古風な意匠が「造形の規範」とされ、平成17年に登録有形文化財となった。
武重本家酒造の敷地にある鉄板葺の小さな井戸小屋。創業以来の丸井戸を覆い、蓼科山の軟水が酒造りへ送られる起点にあたる。稼働する酒蔵に残る登録有形文化財としての意味と見どころを、旧中山道の町並みとともに紹介する。
武重本家酒造の屋敷地北端に建つ昭和初期の枯倉。桁行十七間のたちの高い建物で、酒樽の用材を乾かした。屋敷地の拡張を映す登録有形文化財としての価値と見どころを、旧中山道の白壁の町並みとともに紹介する。