昭和

Shōwa

昭和時代(1926 – 1989)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

4,593 件 昭和時代 1926 – 1989
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吉田山荘(旧東伏見家住宅)北蔵
京都府 昭和前
吉田山荘(旧東伏見家住宅)北蔵

吉田山荘の北蔵は昭和7年(1932年)頃の土蔵造2階建、切妻造桟瓦葺の蔵。白漆喰の壁に水切をめぐらせ、廊下で本館とつながる。隣の南蔵と外観はよく似るが、小屋組は登梁で、規模と窓の向きも異なる点を紹介する。

吉田山荘(旧東伏見家住宅)旧車庫
京都府 昭和前
吉田山荘(旧東伏見家住宅)旧車庫

吉田山荘の旧車庫は昭和7年(1932年)頃の木造2階建。フランス瓦の腰折屋根にドーマー窓を切り上げた、和風の屋敷で唯一の洋風建物である。現在はカフェ真古館で、完全予約制のカフェの利用条件もあわせて紹介する。

吉田山荘(旧東伏見家住宅)旧門番所
京都府 昭和前
吉田山荘(旧東伏見家住宅)旧門番所

吉田山荘の表門南側に建つ旧門番所は、昭和7年(1932年)頃の木造平屋で建築面積12平方メートル。石積基壇の上に格子窓を道へ向け、舟肘木と疎垂木の軽い軒を持つ。表門と対にして見比べるときの要点を紹介する。

吉田山荘(旧東伏見家住宅)本館
京都府 昭和前
吉田山荘(旧東伏見家住宅)本館

昭和7年(1932年)に建った吉田山荘本館は、和室を主体に洋風のステンドグラスやベランダを組み込んだ近代和風邸宅。6棟で唯一「造形の規範」として登録された理由と、古墳出土の直弧文鏡を写した窓の見方を紹介する。

吉田山荘(旧東伏見家住宅)南蔵
京都府 昭和前
吉田山荘(旧東伏見家住宅)南蔵

吉田山荘の南蔵は昭和7年(1932年)頃の土蔵造2階建で、北蔵の南に並ぶ。建築面積19平方メートル、白漆喰の壁に水切と洗い出しの足元を持ち、小屋組は束立。北蔵との違いから、並んで建つ2棟の蔵の構成を読み解く。

離宮八幡宮高天宮神社
京都府 昭和前
離宮八幡宮高天宮神社

離宮八幡宮高天宮神社は境内の西に東面して建つ昭和3年頃の境内社。建築面積4.7平方メートルの三間社流造で、縁と浜床を備え、妻を豕扠首とする。拝殿と共通する独自の蟇股を飾り、平成25年に登録有形文化財となった。

離宮八幡宮透塀
京都府 昭和前
離宮八幡宮透塀

離宮八幡宮透塀は本殿の側面と背面をコの字形に囲む昭和3年頃の塀。延長38メートル、潜戸付きで、腰まで羽目板、腰長押と内法長押の間に菱格子をはめる。拝殿の釣殿に取り付く簡素な結界で、平成25年に登録有形文化財。

離宮八幡宮中門
京都府 昭和前
離宮八幡宮中門

離宮八幡宮中門は拝殿の正面に建つ昭和3年頃の四脚門。間口3.3メートル、本柱・控柱とも角柱で桟唐戸を吊り、左右にL字形の袖塀を付ける。正面の蟇股は東福寺月下門の意匠を引用し、平成25年に登録有形文化財となった。

離宮八幡宮手水所
京都府 昭和前
離宮八幡宮手水所

離宮八幡宮手水所は中門の南西に建つ昭和3年頃の手水所。切妻造桟瓦葺で、2本の丸柱の前後に控柱を立て、男梁で桁を受ける。両妻の板蟇股と懸魚は境内の他の建物と共通し、6棟中唯一の瓦葺き。平成25年に登録有形文化財に。

離宮八幡宮拝殿
京都府 昭和前
離宮八幡宮拝殿

離宮八幡宮拝殿は昭和3年建築の拝殿。入母屋造の主体部に唐破風造の向拝を付け、両側に翼廊、背面に幣殿を設ける。柱上に舟肘木を置き、主体部に折上格天井を張る。木割の太い復古的な設計で、平成25年に登録有形文化財に。

離宮八幡宮本殿
京都府 昭和前
離宮八幡宮本殿

離宮八幡宮本殿は昭和3年建築の三間社流造の本殿。身舎を内陣と外陣に分け、内陣に板唐戸3枚を開き、三方に縁を廻して脇障子で止める。蟇股や木鼻まで中世風にまとめた復古的な意匠で、平成25年に登録有形文化財となった。

レストラン・ノアノア(旧橋本関雪邸洋館)
京都府 昭和前
レストラン・ノアノア(旧橋本関雪邸洋館)

レストラン・ノアノアは京都市左京区浄土寺石橋町の白川沿いに建つ昭和4年(1929年)ごろの鉄筋コンクリート造2階建の洋館で、登録有形文化財。日本画家の橋本関雪の旧邸の洋館で、スパニッシュ様式を基調に玄関の庇に垂木形をつくるなど和風を加える。

賀茂別雷神社文書(一万三千六百三十九通)/附 文書箱
京都府 平安時代~昭和時代
賀茂別雷神社文書(一万三千六百三十九通)/附 文書箱

京都・上賀茂神社に伝来する重要文化財「賀茂別雷神社文書」は、平安時代後期から江戸時代にかけての古文書13,639通からなる日本最大級の神社文書群です。源頼朝の下文や織田信長の禁制、約1,400通に及ぶ月次算用状など、日本史を動かした人物たちの足跡と神社運営の実態を伝える第一級の歴史資料を紹介します。

大川阿蘇神社農村舞台
熊本県 昭和中
大川阿蘇神社農村舞台

熊本県山都町大平の大川阿蘇神社の境内にある昭和28年(1953年)の農村舞台。舞台と楽屋、浄瑠璃棚を備え、正面の間口全体を開いて全幅に梁を渡す特異な構造をもつ。人形浄瑠璃の清和文楽が伝わる山都町の神社に建つ舞台である。

大森家住宅観音堂
熊本県 昭和中
大森家住宅観音堂

山鹿市の豪商大森家の庭に昭和32年(1957年)に建てられた3メートル四方の観音堂。宝形造本瓦葺で、高欄付の切目縁、両折桟唐戸、側面の半蔀、出組の組物、正面だけの蟇股と寺院の作法を備える。2018年登録。

大森家住宅北塀
熊本県 昭和前
大森家住宅北塀

山鹿市の旧菊池往還に沿い、豪商大森家の主屋から西へ20メートル延びる昭和15年(1940年)頃の木造塀。切石積の上に建ち、通り側は大壁に軒蛇腹、庭側は真壁で絵様持送り付の腕木が軒桁を受ける。2018年登録。

大森家住宅西塀
熊本県 昭和前
大森家住宅西塀

山鹿市の豪商大森家の敷地西面を区切る昭和15年(1940年)頃の木造塀。延長10メートルで、南端を直角に折って板戸の勝手口を開き、庭側は真壁に2間ごとの石造控柱と絵様持送り付の腕木が並ぶ。2018年登録。

岡本家住宅外便所
熊本県 昭和前
岡本家住宅外便所

熊本県大津町森の岡本家住宅外便所は、主屋と裏門の間に建つ昭和初期の木造平屋、建築面積2.1平方メートルの小屋。足元に煉瓦を貼り、左右の窓の位置を変え、屋根を食い違いにして換気を確保した工夫を解説する。

岡本家浄化槽
熊本県 昭和前
岡本家浄化槽

熊本県大津町森の岡本家浄化槽は、主屋と馬屋の間に立つ昭和初期の鉄筋コンクリート造の設備で、最大高さ4.3メートル。用水や井戸水をポンプで汲み上げて炭と砂で濾過した。生活の近代化を示し、地区に残る数少ない例である。

旧天草教育会館正門及び塀
熊本県 昭和前
旧天草教育会館正門及び塀

旧天草教育会館正門及び塀は、熊本県天草市船之尾町の旧天草教育会館にある昭和9年の鉄筋コンクリート造の正門と塀で、平成18年に登録有形文化財となった。本館の玄関ポーチと意匠をそろえ、統一的な外観をつくる。