昭和
Shōwa昭和時代(1926 – 1989)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
京都市美術館北門は京都市左京区岡崎にある昭和8年(1933年)頃の門で、登録有形文化財。敷地の北面に間口18メートルで2基の門柱を立て、西正面の正門と同じ花崗岩貼りの八角形の柱で北側の表構えをつくる。
京都市美術館正門(北)は京都市左京区岡崎にある昭和8年(1933年)頃の門で、登録有形文化財。本館西正面の北側に間口18メートルで2基の門柱を立て、四隅を大きく面取りした八角形の柱の表面に花崗岩を貼る。
京都市美術館正門(南)は京都市左京区岡崎にある昭和8年(1933年)頃の門で、登録有形文化財。本館西正面の南側に間口18メートルで2基の門柱を立て、正門(北)と対になって美術館の西正面の表構えをつくる。
京都市美術館本館は京都市左京区岡崎にある昭和8年(1933年)の美術館建築で、登録有形文化財。公募で選ばれた前田健二郎の原案をもとに設計され、和洋の様式を織り交ぜた帝冠様式の外観をもつ。令和元年に改修を受けた。
京都市美術館南案内板は京都市左京区岡崎にある昭和8年(1933年)頃の案内板で、登録有形文化財。本館の西正面の南寄りに立ち、本館と同じタイル貼りの柱に切妻造銅板葺の屋根を載せた姿で、北案内板と一対をなす。
京都市役所本庁舎は京都市中京区の御池通に面する昭和2年(1927年)の鉄筋コンクリート造の市庁舎で、登録有形文化財。武田五一を顧問に左右対称の骨格に塔を建て、階段ホールのイスラム風アーチなど東洋風の意匠をちりばめる。
京都・伏見の宇治川に架かる近鉄澱川橋梁は、1928年に陸軍演習地を避けて無橋脚で架けられた単独トラス。支間164.6mは日本の単純トラス橋で今も最大、登録有形文化財。
三門の南袖塀から矩折れして南へ延びる大正前期の築地塀。延長約45mと境内最長で、二軒疎垂木や定規筋五本を付す。江戸期の北側塀と対をなし、令和7年に登録有形文化財となった興正寺の一棟。
京都市下京区の河原町通に面して建つ昭和2年(1927年)の鉄筋コンクリート造5階建の事務所ビル。簡素な意匠に、アール・デコ風の玄関と階段、石張りの1階、アカンサスの柱頭飾りを加える。京都中心部に残る希少な昭和初期の事務所ビル。
御影堂の北東に南面する金戒光明寺の方丈。昭和九年の火災後、昭和十一年に再建された六間取りの雄大な書院造で、久保田金僊の虎図など障壁画を備える。幕末に会津藩が本陣を置いた地に建ち、特別公開時に内部を拝観できる。
大方丈の南正面に建つ金戒光明寺の唐門。面積わずか七平方メートルほどの四脚門ながら、向唐破風の銅板葺屋根、吹寄菱欄間、濃密な絵様繰形に昭和初期の彫りの技が凝縮される。境内自由で間近に意匠を観察できる小さな名建築。
大方丈の東に建ち寺務所と接続する金戒光明寺の玄関。昭和十一年の建築で、正面に銅板葺唐破風の車寄を構える。板敷の洋風応接室と書院造の和の座敷が対比し、和の骨組みに洋風細部を織り込んだ昭和初期の趣を見せる。
唐門から矩折れに延び、大方丈の南庭を区画する金戒光明寺の築地塀。総延長約五七メートル、切石積基壇に建つ瓦葺の土塀で、壁面の五本の定規線は最高位の寺格を示す。門や堂と一体に計画された境内空間を形づくる。
法然上人七十五歳の御影を内陣に祀る大本山くろ谷の本堂。昭和九年の火災後、京都帝国大学教授の天沼俊一が鎌倉様式を取り入れて再建した。採光と音響に配慮した昭和を代表する木造の大堂で、御朱印もこの堂で授かれる。
佐藤家住宅高塀は長岡京市長法寺の旧庄屋の屋敷の北東をめぐる昭和前期の塀。延長40メートルで、通り側は切石積の石垣に焼杉板の高い腰を立て、腕木で瓦屋根を支える。内側は漆喰の大壁。外観は通りから見られる。
京都府師範学校の同窓会館として昭和7年(1932)に紫明通沿いに建てられた登録有形文化財。スパニッシュ瓦のパラペットとアーチ窓、アールデコの円窓や講堂のプロセニアムアーチが当時の姿のまま残る、京都市北区の昭和初期建築。
京都市左京区岩倉の国史跡「岩倉具視幽棲旧宅」にある昭和3年(1928年)の展示・収蔵施設。武田五一の設計で、瓦屋根にスクラッチタイルの外壁を組み合わせた鉄筋コンクリート造平屋建の簡潔で軽快な小品である。
京都市上京区の尼門跡寺院、大聖寺の残月亭。宮御殿の西に渡り廊下で続く昭和13年(1938年)のL字型の入母屋造で、四畳半台目の茶室を中央に六畳間や位牌の間を配する。質の良い材料で丁寧に施工された近代茶室の佳品とされる。
京都市上京区の尼門跡寺院、大聖寺の高塀。昭和17年ごろの延長36メートルの木造の塀で、表門から玄関への通路と境内の前庭を区切る。方柱に腕木を出して軒桁を支え、壁を漆喰仕上げとした簡素で厳粛な塀である。
京都市上京区の尼門跡寺院、大聖寺の本堂。昭和17年(1942年)建築の入母屋造の方丈形式で、高欄付きの切目縁を巡らせ、後列南室を花鳥を描く大床のある貴人の間とする。伝統的な形式のなかに品格のある設えを見せる。