大正
Taishō大正時代(1912 – 1926)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
大分県中津市の久恒家住宅米蔵は、大正13年建設の煉瓦造平屋建で建築面積175平方メートル。屋敷の北西隅に建ち、小屋組に洋式のキングポストトラスを用いる。東・北・西の三面に鉄格子入の高窓が並ぶ。平成13年に登録された。
大分県中津市の久恒家住宅正門は、大正13年建設の1間1戸の棟門。間口3.0メートル、背面に控柱を設け両脇に通用口が付く。良質の欅材を用い、左右に煉瓦塀が延びる。平成13年に登録有形文化財となった門である。
大分県中津市の久恒家住宅長屋門は、大正13年建設の木造平屋建で建築面積51平方メートル。北端が広い通用口、残りは洋風の事務室。真壁造で正面を白漆喰とし、隣接する煉瓦塀と対照させている。平成13年に登録された。
大分県中津市の久恒家住宅西蔵は、大正13年建設の蔵で建築面積37平方メートル。奥座敷の北西に建ち、南面1階の戸口で座敷とつながる。開口部に鉄製の頑丈な両開扉を用い、防火性能を重視した造りになっている。平成13年に登録された。
大分県中津市の久恒家住宅東蔵は、大正13年建設の木造及び煉瓦造2階建。1階が収蔵庫、2階が洋風座敷、その下に半地下倉庫を持つ。もとは3階に望楼を備えていた。平成13年に登録有形文化財となった蔵である。
大分県中津市の久恒家住宅南塀は、大正13年建設の煉瓦塀で延長117メートル。物置の南端から南面を経て裏門の南端まで三方を回り、屋敷15件のなかで最長となる。平成13年に登録有形文化財となった塀である。
大分県中津市の久恒家住宅物置は、大正13年建設の煉瓦造平屋建で建築面積32平方メートル。壁体は鉱滓煉瓦の1枚積イギリス積で、屋敷で唯一の鉄板葺屋根をもつ。北面は煉瓦塀を兼ねる。平成13年に登録された。
大分県別府市の朝見浄水場に建つ八角形の集合井室。球状の屋根、円弧のペディメントを載せたポーチ、石積み風の目地をもつ鉄筋コンクリート造で建築面積14平方メートル。文化庁は1917年、市は第1期拡張時の第二集合井室とする。
大分県別府市の朝見浄水場の敷地西端にある鉄筋コンクリート造の配水池。建築面積985平方メートルで、壁の頂部に石製の笠木をめぐらす。文化庁は大正6年(1917年)、市は第1期拡張事業の施設とする。1997年登録。
大分県別府市の朝見浄水場で、配水池の北側面に設けられた管理用の出入口。大正15年(1926年)の鉄筋コンクリート造で建築面積13平方メートル。方形の基礎に据えた柱型と独特の柱頭飾が評価され1997年に登録された。
大分県別府市の朝見浄水場で、敷地西端の配水池の南側面に設けられた管理用の出入口。大正15年(1926年)の鉄筋コンクリート造、建築面積13平方メートル。洗い出しの壁と側面のアーチ形の窓枠を備え、1997年に登録。
大分市中戸次の帆足家本家住宅(富春館)質蔵は、大正5年(1916年)頃建築の土蔵造2階建。桁行7間、切石5段の基礎に漆喰壁と海鼠壁の腰を備え、屋敷の表構えをつくる。平成18年に登録有形文化財となった大蔵である。
大分市中戸次の帆足家本家住宅(富春館)塀は、大正期建築の延長51メートルの木造塀。主屋南の庭を囲い、石の基礎に出桁の軒と瓦屋根を載せ、腕木門と祠を含む。丁寧なつくりが評価され平成18年に登録有形文化財となった。
大分市中戸次の帆足家本家住宅(富春館)宝蔵は、大正期建築の土蔵造2階建。敷地南西の石垣の上に建ち、寄棟造の屋根をもつ。各階を中央の柱1本で広い1室とする機能重視の蔵で、平成18年に登録有形文化財となった。
大分市中戸次の帆足家本家住宅(富春館)洋館は、大正5年(1916年)建築の木造2階建の応接棟。モルタル壁に目地を刻み石造風に見せ、洋室と8畳座敷を併せもつ。平成18年に登録有形文化財となり、今はレストランとして営業。
大分県宇佐市の本願寺四日市別院庫裏及び長御殿は大正期の建立で昭和前期に増築。建築面積530平方メートルで、土間と28畳の香坊をもつ庫裏に、末寺の陳情のための長御殿が続く。2016年に登録有形文化財となった。
大分県宇佐市の本願寺四日市別院総会所は大正4年頃の建立である。建築面積337平方メートルで、四本の独立柱が畳敷の広間を三分割する。報恩講に用いる建物で、2016年に国の登録有形文化財となった一棟である。
大分県宇佐市の本願寺四日市別院茶所は大正時代後期の建立である。建築面積65平方メートルで、正面の一間通りを吹放しとし、格天井には桐と下がり藤の紋を描く。2016年に国の登録有形文化財となった一棟である。
大分県竹田市の台地の尾根に高さ3.5〜5.5メートルの石垣を築き、その上に水を通した農業用水路。約698ヘクタールを潤し、平成8年に国の登録有形文化財となった。箱樋を石造に改めたのは大正10年代のことである。
山田家住宅石垣及び煉瓦塀は大分県日田市隈の三隈川沿いに築かれた登録有形文化財である。川石を練積とする石垣は延長25メートル、高さ3メートル前後で、石段が水際まで降りる。上に長手積の煉瓦塀と両開の鉄扉が付く。