滋賀県の登録有形文化財
滋賀県 · 登録有形文化財
滋賀県彦根市高宮町、中山道高宮宿の麻布商「布惣」の町家。江戸末期の木造2階建で、海老虹梁のように反った腕木と2階の幅広の格子窓が湖東の町家の特徴を示す。前面が店舗、奥は田の字型の居室。2013年に登録有形文化財。
滋賀県彦根市高宮町、麻布商「布惣」の主屋の背面北側に南面して建つ江戸末期の土蔵。土蔵造2階建、15平方メートルで3棟の蔵のうち最も小さいが丁寧な造りで、軒は桁先を現した塗籠仕上げ。2013年に登録有形文化財となった。
かめや旅館広間は、滋賀県多賀町の多賀大社門前の料理旅館に昭和8年に増築された木造平屋の座敷棟。15畳の主室は床を中心に付書院と花頭窓付き地袋棚を配する。造形の規範として平成14年に国の登録有形文化財となった。
滋賀県多賀町の多賀大社門前に建つかめや旅館本館は、大正13年築の木造2階建。正面高くに入母屋造の破風を掲げ、その下へ切妻造の玄関を張り出す。平成14年に国の登録有形文化財となった、参道の景観を担う一棟である。
滋賀県東近江市蒲生岡本町のガリ版伝承館は、謄写版を発明した堀井新治郎父子の本家洋館。明治42年築の木造2階建・下見板張で、平成10年に登録有形文化財となった。開館は土日のみ、入館無料でガリ版体験もできる。
滋賀県大津市中央一丁目の川上家住宅は、昭和8年頃の二戸一棟長屋の西半部。建築面積37平方メートル、間口二間強。旧東海道から入る小路の突当りに南面する。令和2年、同じ街区の六棟とともに登録有形文化財となった。
滋賀県栗東市手原の旧東海道沿い、川崎光雄家の屋敷に建つ大正元年(1912年)ごろの土蔵造2階建の蔵。建築面積17平方メートルと3棟で最も小さく、南蔵と連なって建つ。1998年に登録有形文化財となった。
滋賀県栗東市手原、旧東海道から少し退いて建つ明治36年(1903年)の主屋。つし2階を塗り込め、緩やかなむくりの瓦屋根に煙出しを載せ、東端を落棟とする。造形の規範として1998年に登録有形文化財となった。
滋賀県栗東市手原の旧東海道沿い、川崎光雄家の屋敷に建つ大正元年(1912年)ごろの土蔵造2階建の蔵。北蔵に連なり、西面に庇付きの窓を設ける。北蔵より大きいが棟は低く抑える。1998年に登録有形文化財。
栗東市手原の川崎睦男家住宅北蔵は、屋敷の北西隅に建つ昭和初期の土蔵造2階建の旧米蔵。建築面積40平方メートルと東蔵の倍の規模で、主屋と棟を平行にそろえた平入の蔵とし、高い腰板とむくりのある置屋根をもつ。
栗東市手原の旧東海道に面した川崎睦男家住宅主屋は、明治36年(1903年)の町家。1階の紅殻塗りの格子、塗り込めたつし二階、煙出しの棟という近世来の特徴を残し、造形の規範として登録有形文化財となった。内部は非公開。
栗東市手原の川崎睦男家住宅離れは、主屋の奥に建つ昭和初期の離れ座敷。木造2階建の棟から入母屋造の平屋の書院を東へ突き出し、つし二階をもつ明治の主屋と比べて、この地方の住宅建築の移り変わりを示す建物である。
栗東市手原の川崎睦男家住宅東蔵は、主屋の右手で妻を旧東海道に見せる明治中期の土蔵造2階建の蔵。建築面積20平方メートルの小さな蔵で、軒蛇腹と縦板張りの腰、置屋根をもち、主屋とともに街道の景観をかたちづくる。
本堂南西の高台に建つ瓦屋寺開山堂は、元禄13年(1700)の建立。中興開山の香山祖桂を祀り、方二間宝形造に粽付円柱・出三斗・花頭窓と禅宗様の意匠をよく残す。平成30年登録の有形文化財。
本堂南方に建つ瓦屋寺経堂(海印蔵)は享保10年(1725)の建立。堂内中央に八角輪蔵を据え、火打梁・太瓶束・海老虹梁の架構が見どころ。七棟で唯一「造形の規範」を基準に登録された堂。
本堂後方に南面する瓦屋寺庫裏は、明治4年(1871)の建立で境内最大の建物。中央に向唐破風の式台玄関を構え、腰海鼠壁を施す。奥座敷の良質な意匠と土間上部の壮大な梁組が見どころとなる。
本堂に渡廊下で接続する瓦屋寺地蔵堂は、正保年間(1644〜47)の建立で、かつての本堂と伝わる。仏壇前面に残る来迎柱がその格を示し、木太い角柱と正面の桟唐戸をよく残している古堂である。
本堂前方に建つ瓦屋寺鐘楼は、正保年間(1644〜47)の建立。礎盤上に一六面取角柱を四方転びに立て、組物を設けない堅牢な構えとする。梵鐘を吊ることは、寺の再興の最初の営みでもあった。
本堂前方に西面する瓦屋寺賓頭盧堂は文政元年(1818)の建立で、七棟で最小の約3平方メートル。詰組や扇垂木など禅宗様の細部を凝縮し、病を癒す撫で仏として親しまれる賓頭盧像を安置する。
旧石橋家住宅中蔵は彦根市芹町の東主屋裏に建つ明治後期の土蔵。東蔵と並ぶ妻入の漆喰塗りで、南面に共有の下屋を掛ける。小屋組は湾曲した梁で棟木を受け、洋小屋の東蔵と対をなす。2013年登録、内部は非公開。