滋賀県の国 宝
National Treasures of 滋賀県滋賀県に所在する国宝。
滋賀県彦根市の彦根城天守は慶長11年(1606年)成立の三重三階の城郭建築。軒唐破風と千鳥破風を各所に設け屋根を段ちがいとする意匠が評価され、附櫓及び多聞櫓とあわせて2棟が昭和27年に国宝に指定された。
滋賀県大津市の崇福寺跡から出土した一括の遺物で、近江神宮が所有する。昭和13年の発掘で塔の心礎側面の舎利孔から見つかり、緑ガラス製の舎利容器を金・銀・金銅の箱が入れ子で包む。昭和27年に国宝へ指定された。
滋賀県大津市の比叡山延暦寺にある寛永17年(1640年)再建の仏堂で、桁行11間、梁間6間。板敷の外陣に対し内陣は約3メートル低い土間の石敷で、密教建築の基本的形式を残す。昭和28年に国宝へ指定された。
滋賀県野洲市大篠原にある室町時代中期の本殿1棟である。名称は大笹原、所在地は大篠原で、同じ音でありながら字が違っている。明治34年に重要文化財、昭和36年(1961年)に国宝へと指定された1棟である。
滋賀県大津市園城寺町にある桃山時代の金堂1棟で、慶長4年(1599年)の建築である。解説文の欄は空だが、構造の欄のほうは詳しい。明治39年に重要文化財、昭和28年(1953年)に国宝へと指定された堂。
滋賀県大津市園城寺町にある室町時代前期の社殿1棟で、貞和3年(1347年)の再興である。寺の建物でありながら、種別の欄は神社とされる。明治34年に重要文化財、昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。
滋賀県大津市園城寺町にある桃山時代の客殿1棟で、慶長5年(1600年)の建立である。種別の欄は、寺院でも神社でもなく住宅とされる。明治34年に重要文化財、昭和27年(1952年)に国宝へと指定された。
滋賀県大津市の聖衆来迎寺が所有する鎌倉時代の絵画で、複数の幅からなる。文政年間の模本は滋賀県の指定を受けており、原本と写しがそれぞれ別の制度で守られている。昭和38年(1963年)に国宝へ指定された。
滋賀県の延暦寺が所有する平安時代の経箱1合である。華と円輪は金蒔、葉と蔓は銀蒔とし、同じ蒔絵の部位によって金属を分けている。明治33年に重要文化財、昭和32年(1957年)に国宝へと指定された1合である。
滋賀県大津市の延暦寺が所有する唐時代の典籍1巻である。国の欄は中国、時代の欄は唐とされ、年代の欄は803年である。重要文化財を経ることなく、昭和28年(1953年)に国宝へと指定された1巻の書跡である。
滋賀県大津市の園城寺が所有する平安時代の図像1巻で、巻の初めを欠いている。同じ指定番号00073の枝番01には完本があり、二巻が一つの指定番号を共有している。昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。
天安二年(八五八)に比叡山延暦寺西塔の宝幢院の鐘として鋳られた国宝の梵鐘。鐘身の内面に左文字で年紀を刻み、紀年銘を持つ梵鐘では国内で六番目に古い。口径に比して丈の高い長身簡素な姿で知られ、現在は守山市の佐川美術館が収蔵する。
石山寺多宝塔は大津市の石山寺境内、硅灰石の上方に立つ鎌倉時代前期の国宝で、墨書から建久5年(1194年)の建立とされる。上下の釣り合いの良さ、四手先の上層、快慶作の大日如来、平成の屋根葺き替えと拝観方法を紹介。
石山寺本堂は大津市の石山寺の中心堂宇で、永長元年(1096年)再建の正堂と慶長7年(1602年)の懸造の礼堂からなる国宝。勅封の秘仏如意輪観音、胎内から見つかった金銅仏、源氏の間、内陣拝観の料金と停止日を紹介。
滋賀県大津市の三井寺(園城寺)の子院に慶長6年(1601年)に建てられた客殿。押板・違棚・帳台構・付書院の座敷飾りを備えた書院造の代表的遺構で、狩野山楽らの障壁画と庭園が一体となる。国宝。要予約の特別拝観。
金剛輪寺本堂は、滋賀県愛荘町の金剛輪寺にある中世の本堂で、昭和27年に国宝に指定された。規模が大きく木割も太い和様の密教本堂で、弘安11年の銘をもつ仏壇と室町前期の厨子を伝える。
西明寺三重塔は、滋賀県甲良町池寺の西明寺にある鎌倉時代後期の三重塔で、昭和27年に国宝に指定された。初重の内部を極彩色の仏画や文様で飾り、鎌倉時代の三重塔のうち優れたものの一つとされる。
西明寺本堂は、滋賀県甲良町池寺の西明寺にある鎌倉時代の本堂で、昭和27年に国宝に指定された。方五間の堂を拡張して七間四方とし、室町中期に向拝を加えた建物で、近畿の鎌倉時代和様仏堂の代表作である。
常楽寺三重塔は、滋賀県湖南市西寺の常楽寺にある室町時代中期の三重塔で、昭和28年に国宝に指定された。1400年頃の建立で、均整のとれた比例と整然とした枝割をもつ、室町時代の三重塔の代表的な遺構である。
常楽寺本堂は、滋賀県湖南市西寺の常楽寺にある室町時代前期の本堂で、昭和28年に国宝に指定された。1360年の火災後に再建され、後に大修理を受けたが、室町時代の和様本堂の代表的な遺構とされる。