栃木県・明治
Meiji栃木県 の明治時代(1868 – 1912)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
栃木県栃木市嘉右衛門町、日光例幣使街道に東面する明治期の商家建築。切妻造2階建の東妻面に寄棟屋根が接する屋根構成をもち、正面には下屋庇を設ける。平成20年(2008年)7月8日登録の登録有形文化財である。
栃木県栃木市嘉右衛門町、油伝味噌の敷地北側で東蔵の西方に東西棟で建つ明治期の土蔵。北面の簓子下見板張漆喰塗壁が西方の味噌土蔵の下屋へ連続する。平成16年(2004年)2月17日登録の登録有形文化財である。
栃木県栃木市嘉右衛門町、油伝味噌の敷地南側に文庫蔵と向き合って建つ明治期の平屋建住宅。10畳と6畳の2室からなり、北面と南面に縁側を設ける。3代伝兵衛の隠居所として建てられた。平成16年登録の登録有形文化財。
栃木県栃木市嘉右衛門町、油伝味噌の敷地北側で文庫蔵の西側に東西棟で建つ明治期の土蔵。北側に設けた下屋の壁が東方の凝灰岩造の外塀へ連続する。平成16年(2004年)2月17日登録の登録有形文化財である。
栃木県栃木市嘉右衛門町、油伝味噌の敷地北側の中ほどに建つ明治18年(1885年)の土蔵。内部3階建で石積基礎や防火戸をもち、棟札から三富清兵衛の作と判明している。平成16年登録の登録有形文化財である。
旧青木家那須別邸は栃木県那須塩原市青木にある明治21年(1888年)の木造の別荘で、重要文化財。那須野が原の開墾農場の管理を兼ねた別荘で、松ヶ崎萬長の設計、鱗形のスレートの外壁にドイツ建築の影響を見せ、記念館として公開されている。
栃木県日光市の旧日光田母澤御用邸は、天保年間から大正十年までに建てられた十棟が、平成十五年に国の重要文化財に指定された。赤坂から移築された紀州徳川家中屋敷を含む百六室が、一続きの屋根の下に連なる。明治期の御用邸で本邸が完存する唯一の例。
栃木県野木町の旧下野煉化製造会社煉瓦窯は、明治22年頃に築かれたホフマン式輪窯。差し渡し32.6メートルの十六角形の環を高さ34.3メートルの煙突が貫く。全国に4基だけ残る輪窯の内部を、100円で一周できる。
古河橋は栃木県日光市足尾町の渡良瀬川に架かる明治23年(1890年)の鋼製トラス橋で、重要文化財。足尾銅山の近代化の一環としてドイツのハーコート社製の部材をボルト接合で組み立て、原位置に残る同社の橋で国内最古とされる。
栃木県那須町伊王野の重要文化財。江戸時代に交代名主と問屋を務めた三森家の住まいで、享保18年(1733年)建立の茅葺き主屋と、明治期の長屋門が一構えで伝わる。県北部の上層民家を代表する大型の古民家で、土間のいろりやうまや、上段の間が残る。
栃木県足利市の春日岡台地に明治末期に作庭された新藤氏庭園は、約5メートルの高低差を活かした稀有な垂直構成の日本庭園。落差3メートルの滝石組とS字状の園池、二階建ての離れが一体となった景観は、国の登録記念物(名勝地)に指定されています。通常非公開ですが、足利の文化財一斉公開で特別公開されることもあります。
足尾キリスト教会は栃木県日光市足尾町赤沢に建つ明治41年(1908年)の教会堂で、登録有形文化財。西側を一室の会堂、東側を牧師の居住空間とする。足尾で初めての本格的な教会堂で唯一の現存例として、当時の銅山従事者の信仰の様相を伝える。
栃木県栃木市嘉右衛門町、旧日光例幣使街道沿いの商家敷地の奥に建つ明治28年建築の土蔵造2階建。内部を東側の妻入の文庫蔵と西側の平入の荷蔵に分け、墨書から棟梁早川辰造の名が判明する。平成16年に登録有形文化財となった。
アンタレススポーツクラブは明治36年建設の旧足利模範撚糸工場。国策で全国六か所に設けられた模範撚糸工場のうち唯一現存する例で、控壁付き大谷石積の外壁に半円アーチの縦長窓が連なる。昭和60年から運動施設に転用。平成11年国登録有形文化財。
飯塚家住宅新宅裏門は、明治四十年頃に敷地の背面に建てられた木造の門。裏門ながら良材を用い、大規模で格式ある形式を備えて屋敷背面の景観を整える。冠木と腕木を用いた切妻・桟瓦葺で、外からも見学できる。
飯塚家住宅新宅表門及び塀は、明治四十年頃の花崗岩製の門と、腰部を大谷石で積んだ桟瓦葺の板塀からなる。一石の高い門柱と広い門口が当家の格式を示す。通りに面しており、外からいつでも見学することができる。
栃木県那珂川町馬頭にある飯塚家住宅新宅主屋。明治四十年頃、本宅の西隣に分家の住まいとして建てられた木造一部二階建で、整理された平面構成と表座敷の意匠に近代的な感覚がうかがえる。現在は宿泊施設「飯塚邸」の客室として使われている。
飯塚家住宅新宅中庭木戸は、文庫蔵と主屋背面を矩折れに繋ぎ、奥座敷前の中庭を囲う小さな構え。連子と菱子を入れた透かしの板塀が光と視線を通し、邸内の私的空間を静かに整える。明治四十一年頃の建築である。
飯塚家住宅新宅文庫蔵は、新宅主屋のすぐ裏手に建つ明治四十一年の二階建土蔵。構造材まで漆喰で塗込めた丁寧で堅牢なつくりで、書類や家財を火から守った。現在は宿泊施設「飯塚邸」のロフト式客室として使われている。
栃木県足利市小俣町の大川家住宅大門は、明治初期の木造瓦葺の薬医門で間口2.9メートル。本柱と控柱に架けた太い冠木が格式を示し、両脇に潜戸、左右に腰板張の漆喰袖塀が付く。2003年に登録有形文化財となった。