山梨県・昭和

Shōwa

山梨県 の昭和時代(1926 – 1989)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

52 件 山梨県 昭和時代 1926 – 1989
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御坂隧道
山梨県 昭和前
御坂隧道

山梨県笛吹市から南都留郡富士河口湖町にかけてある昭和時代の道路隧道1基である。坑口部の意匠は簡素だが、と断ったうえで評価されている。平成9年(1997年)に登録された1基の古い道路隧道にあたっている。

いさご屋旅館
山梨県 昭和前
いさご屋旅館

いさご屋旅館は、山梨県身延町身延の久遠寺東谷参道の入口に建つ昭和前期の木造3階建の旅館で、平成28年(2016年)に登録有形文化財となった。富士宮の建物を移築したと伝わり、刎高欄の窓や網代天井をもつ。

祝橋
山梨県 昭和前
祝橋

山梨県甲州市勝沼町の祝橋。勝沼駅へぶどうを運ぶため、日川の峡谷に昭和6年に架けられたコンクリートアーチ橋で、「眼鏡橋」の愛称で親しまれる。県内に3橋残るコンクリートアーチ橋で最大。今は歩道として保存されている。

岩堂セギ分水口
山梨県 昭和前
岩堂セギ分水口

山梨県甲州市塩山牛奥の岩堂セギ分水口。昭和2年に造られた鉄筋コンクリート造の円筒分水で、サイフォンの原理で湧き上がった鬢櫛川の水を12か所の穴で3等分し、扇状地の3本の水路へ送る。今も地域で使われる。

旧堀田古城園主屋
山梨県 昭和前
旧堀田古城園主屋

旧堀田古城園主屋は昭和8年(1933年)に甲府市の武田氏館跡に建った料亭旅館の主屋。庭へ開くガラス戸、修復で戻された真壁、孔雀壁の床の間や更紗の襖を今に残し、令和3年(2021年)に登録有形文化財となった。

旧堀田古城園北離れ
山梨県 昭和前
旧堀田古城園北離れ

旧堀田古城園北離れは、甲府市の料亭旅館跡に昭和8年(1933年)に建った六畳大の離れ座敷。真壁造で庭側をガラス窓とし、金唐紙の建具や地袋・天袋の床脇を備える。令和3年(2021年)に登録有形文化財となった。

旧堀田古城園木戸門
山梨県 昭和前
旧堀田古城園木戸門

旧堀田古城園木戸門は、甲府市の料亭旅館跡の北西隅に昭和8年(1933年)に建った切妻造桟瓦葺の門。前後に控え柱を立て、挿肘木と斗で腕木を受け、格子戸の上に扁額を掲げる。令和3年に登録有形文化財となった。

旧堀田古城園茶室
山梨県 昭和前
旧堀田古城園茶室

旧堀田古城園茶室は、甲府市の料亭旅館跡に昭和8年(1933年)に建った菱形平面の茶室。四畳半に水屋を添え、地袋と琵琶棚を並べた床構えをもつ。修復で創建時の菱形に戻され、令和3年に登録有形文化財となった。

旧堀田古城園長屋
山梨県 昭和前
旧堀田古城園長屋

旧堀田古城園長屋は、甲府市の料亭旅館跡の北面に昭和8年(1933年)に建った寄棟造桟瓦葺の付属屋。物置だった室内を改修で2室とし、当初材と真壁の外観を残す。令和3年(2021年)に登録有形文化財となった。

旧堀田古城園南離れ
山梨県 昭和前
旧堀田古城園南離れ

旧堀田古城園南離れは、甲府市の料亭旅館跡に昭和8年(1933年)に建った六畳大の離れ座敷。北離れと同じ規模・同じ形式で床構えまで揃い、敷地東辺の景観をつくる。令和3年(2021年)に登録有形文化財となった。

松寿軒長崎
山梨県 昭和前
松寿軒長崎

山梨県南アルプス市荊沢の松寿軒長崎。明治24年創業の和菓子の老舗の店舗で、大正15年・昭和元年に建てられた寄棟造の土蔵造町家。軒先を3段に重ねた重厚な外観で、旧荊沢宿の富士川街道が鍵の手に曲がる角に建つ。

杉浦家住宅旧医院
山梨県 昭和前
杉浦家住宅旧医院

山梨県昭和町にある昭和4年(1929年)の医院建築。赤みを帯びた漆喰壁に縦長窓を連ね、2つの入母屋屋根を組む。杉浦健造・三郎父子が地方病の治療を続けた診察室と調剤室が、薬瓶や治療薬とともに当時の配置で残る。

大市館
山梨県 昭和前
大市館

山梨県身延町の大市館は、下部温泉の中心部、下部川に架かる神泉橋のたもとに昭和8年(1933年)ごろ建てられた木造3階建の旅館。入母屋造桟瓦葺で、客室の窓に刎高欄の手摺を付け、温泉街の景観に趣を添えている。

𣇃米公民館
山梨県 昭和前
𣇃米公民館

山梨県富士川町の𣇃米公民館。昭和天皇の御大典記念に計画され、昭和3年に地元の大工棟梁と地区の人々の手で建てられた入母屋造の公民館で、舞台付きの60畳大の集会室をもつ。養蚕の出荷所にも使われ、今も地区の集会に使われる。

平瀬水源旧事務所(水交庵)
山梨県 昭和前
平瀬水源旧事務所(水交庵)

平瀬水源旧事務所(水交庵)は、平瀬浄水場の事務所として昭和10年に建てられた木造平屋建、瓦葺の建物。正面の2連アーチの玄関ポーチが特徴で、戦後の米軍軍政官の宿舎時代の壁画が残る。現在は水道資料館「水交庵」として使われている。

身延山久遠寺奥之院思親閣鐘堂
山梨県 昭和前
身延山久遠寺奥之院思親閣鐘堂

身延山久遠寺奥之院思親閣鐘堂は標高1,153メートルの身延山頂、奥之院思親閣に建つ昭和10年の鐘堂。方1間の入母屋造瓦棒銅板葺で、内転びの丸柱4本を虹梁形内法貫と頭貫で固め、出組詰組で深い軒を支える。

身延山久遠寺時鐘楼
山梨県 昭和中
身延山久遠寺時鐘楼

身延山久遠寺時鐘楼は本坊域の入口に建つ昭和27年の鐘楼で、平成25年に改修された。方一間の袴腰付で、擬宝珠高欄付の縁を三手先腰組で受け、組物の間を十二支の彫刻で飾る。粽付円柱に出組詰組を載せた、たちの高い姿である。

身延山久遠寺思親閣仁王門
山梨県 昭和前
身延山久遠寺思親閣仁王門

身延山久遠寺思親閣仁王門は標高1,153メートルの身延山頂、奥之院思親閣に建つ昭和10年の三間一戸八脚門。切妻造瓦棒銅板葺で、両端の間の後方に壇を設けて仁王像を安置し、出組に蟇股と支輪、妻に二重虹梁を飾る。

身延山久遠寺常唱殿
山梨県 昭和中
身延山久遠寺常唱殿

身延山久遠寺常唱殿は西谷の祖廟域の入口に南面して建つ昭和33年の殿堂。入母屋造檜皮葺で向唐破風の式台玄関を構え、45畳の広間は祖廟塔に正対する西面を全面ガラス窓とする。祖廟域を守る御廟法務所の事務所が置かれる。

身延山久遠寺新書院
山梨県 昭和前
身延山久遠寺新書院

身延山久遠寺新書院は大客殿東側の人工地盤上に建つ昭和6年の書院。東西棟の入母屋造桟瓦葺で、妻飾は木連格子、側廻りは舟肘木とする。内部は24畳間を3室並べて四周に畳縁と縁を廻し、東西の室に座敷飾を備え、各室に高い格天井を張る。