全国の登録有形文化財
全国の登録有形文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
渡部家住宅主屋は新潟県東蒲原郡阿賀町八木山にある嘉永3年(1850年)建築の旧本陣で、令和6年12月に国の登録有形文化財となった。寄棟造茅葺の屋根の下に12畳半の式台付玄関と続き座敷を備える。個人住宅のため非公開。
渡部家住宅納屋は新潟県東蒲原郡阿賀町八木山にある大正10年(1921年)建築の農業用倉庫で、令和6年12月に国の登録有形文化財となった。石積擁壁の上に建ち、主屋とともに旧会津街道沿いの景観を構成する。非公開。
木間家住宅納屋は、新潟県長岡市松尾に残る明治初期の木造2階建。寄棟造の茅葺屋根の妻側を兜造風に切り欠いて2階に採光をとり、軒は出桁造とする。南に水田が開ける旧栃尾市域の集落に建ち、2007年に国の登録有形文化財となった。
木間家住宅蔵は、新潟県長岡市松尾にある大正期の土蔵造2階建。切妻造鉄板葺の置屋根が塗り壁を守り、周囲には板張の雪囲いを巡らす。主屋西方に建ち、1階は3室に分けて米と家財道具を納めた。2007年に国の登録有形文化財となった。
新潟市北区新崎の太古山日長堂主屋は、新崎村の庄屋を務めた古山家の住まい。18世紀中期の木造平屋建で建築面積349平方メートル、T字型平面に撞木造風の大屋根を載せる。平成12年に国の登録有形文化財となった。
新潟市北区新崎の太古山日長堂仏蔵は、主屋の北西に建つ19世紀初期の小さな蔵。建築面積はわずか20平方メートルで、一階は板床に格天井を張り仏壇を据えた持仏堂とする。平成12年に主屋とともに国の登録有形文化財となった。
新潟県十日町市の真宗大谷派・西永寺の境内に建つ安政4年(1857年)の仏堂。廃寺となった永徳寺の本堂を移築したもので、建築面積34平方メートルと小さいが内陣と外陣を備え、梁に絵様を彫る。平成12年に登録有形文化財となった。
彌彦神社神符授与所は新潟県弥彦村の彌彦神社で手水舎の向かいに建つ大正5年の授与所。瓦葺切妻と舟肘木の控えめな建物で、神苑沿いの東参道からの眺めを考えて妻面の構成に意を凝らし、裳階は後補である。平成10年に国の登録有形文化財となった。
彌彦神社摂社乙子神社は新潟県弥彦村の彌彦神社の境内に並ぶ摂末社8棟の左から5棟目。社殿を造営したと伝わる七代目の建諸隅命をまつり、明治45年の大火の後、焼失前と同じ一間社流造で大正5年に再建された。平成10年に国の登録有形文化財となった。
彌彦神社摂社今山神社は新潟県弥彦村の彌彦神社の境内に並ぶ摂末社8棟の左から3棟目。天香山命から五代目の建筒草命をまつり、明治45年の大火の後、乙子神社と同規模同型式の一間社流造で大正5年に再建された。
新潟市北区葛塚の稲荷神社神輿庫は、江戸末期建築の神輿を納める庫で、登録有形文化財。切妻造桟瓦葺に一間向拝を付け、三斗組や二重虹梁蟇股の妻を備えた社殿風の外観と、花鳥を描く格天井が特色です。見る位置も紹介。
神奈川県葉山町のイエズス孝女会修道院旧館は、大正3年(1914年)に旧東伏見宮の葉山別邸として建てられた洋館。設計は木子幸三郎で、塔屋や下見板張の外壁、セセッションの細部、広いサンルームと高さのある和室をもつ。
秦野市本町、五十嵐商店の敷地後方に建つ木造二階建の倉庫。建築面積27平方メートル。モルタルの外壁に目地を刻んで石造風に見せ、小屋組は登梁形式。震災復興期の耐火意識が裏庭にまで及んだ、2017年登録の登録有形文化財です。
秦野市本町、第一号倉庫の南に建つ木造平屋建。間口一・二メートル、奥行一・八メートル、建築面積2.2平方メートル。軒の出を造らず壁から屋根までモルタルで塗込めた、登録有形文化財としては最小級の一棟です。
秦野市本町、店舗兼主屋と第一号倉庫のあいだに建つ木造二階建の倉庫。建築面積27平方メートル。小屋組に洋式のキングポストトラスを用い、新たな技法を取り入れた一棟として2017年に登録有形文化財となりました。
岩本楼ローマ風呂は神奈川県藤沢市江の島の老舗旅館にある昭和5年(1930年)頃の洋風浴室で、登録有形文化財。ガラスのドームを架け、壁泉やベネチア窓風の飾りをタイルとテラコッタでつくり、孔雀模様のステンドグラスをはめる。
大山寺本堂は神奈川県伊勢原市大山の中腹にある明治18年(1885年)の真言宗寺院の本堂で、登録有形文化財。方五間の入母屋造で、正面の向拝は木鼻の龍をはじめ彫刻にあふれ、大山詣の隆盛を伝える大型の近代仏堂である。
神奈川県藤沢市の盛岩寺境内に建つ大正13年(1924年)の商家。遊行寺門前の薬問屋の店舗兼住居として建てられ、昭和13年に農家の母屋へ、平成26年に寺の薬師堂へと二度移された。平成29年に登録有形文化財となった。
神奈川県鎌倉市腰越の宝善院境内地に建つ昭和11年(1936年)の和洋折衷住宅。東京駅丸ノ内本屋を手がけた葛西萬司の設計で、中廊下の南に和室と広縁、南西隅に洋風の玄関ポーチを配す。令和2年に登録有形文化財となった。
旧加地邸は葉山町一色に昭和3年(1928年)に完成した住宅で、ライトに学んだ遠藤新の設計。大谷石と水平に伸びる軒が特徴の国登録有形文化財。現在は一棟貸しの宿として使われ、館内の見学は日程を決めて開かれるツアーで可能。