全国の登録有形文化財
全国の登録有形文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
沖縄県八重山郡与那国町に残る国登録有形文化財「東迎家住宅イチタライ」。日本最西端の島・与那国の伝統的屋敷構えに息づく石造水利施設を、その歴史背景とともに紹介します。
沖縄県与那国町にある東迎家住宅水タンクは、国の登録有形文化財に登録された鉄筋コンクリート造の雨水貯水槽です。八重山の伝統的住宅と一体となった水インフラの歴史的価値と見どころをご紹介します。
1935年に「移民の父」當山久三の功績を記念して建てられた沖縄県金武町の鉄筋コンクリート造建築物。沖縄を代表する建築家・大城龍太郎の設計による逆梁構造や丸窓などモダンなデザインが特徴で、沖縄戦を生き延びた貴重な戦前建築として2021年に国登録有形文化財に登録されました。現在は移民資料を展示する記念館として公開されています。
沖縄県竹富島の集落の中心に建つ「なごみの塔」は、1953年建立の国登録有形文化財の展望塔です。重要伝統的建造物群保存地区に選定された赤瓦の家並みを一望できるこの小さな塔の歴史と魅力をご紹介します。
沖縄県竹富島の西海岸に延びる西桟橋は、1938年に西表島への稲作のために築かれた全長105mの石造桟橋です。2005年に国の登録有形文化財に登録され、現在は八重山の島々を望む絶景のサンセットスポットとして人気を集めています。
沖縄県北大東村に佇む弐六荘は、1940年頃に燐鉱採掘会社の社員倶楽部として建てられた木造平屋建ての登録有形文化財です。現在は民宿として営業し、日本の近代産業遺産に宿泊できる貴重な体験を提供しています。国の史跡・北大東島燐鉱山遺跡の一角を成す歴史的建造物の魅力をご紹介します。
沖縄県南大東島の西港を見下ろす高台に建つ、大正13年(1924年)頃に築かれた石造のボイラー小屋。台風時に漁船を陸地へ引き揚げるウインチの動力源として使われた施設で、島の珊瑚石灰岩を乱積にして築かれた壁体が今も残ります。1900年に玉置半右衛門率いる開拓団が上陸した地点を望むこの遺構は、無人島から砂糖の島へという南大東島の開拓の歩みを今に伝える貴重な近代化遺産であり、2000年に国の登録有形文化財に登録されました。
沖縄県八重瀬町に佇む国登録有形文化財「屋宜家住宅アサギ」。戦後の物資不足の中で建てられた琉球建築の離れ屋は、いまも赤瓦と石垣に囲まれて、訪れる人を温かく迎えています。
沖縄県八重瀬町の屋宜家住宅ヒンプンは、地元・港川産の琉球石灰岩を切石積みにした目隠しの壁。1952年の建立で、2009年に主屋・アサギ・井戸・石垣とともに国の登録有形文化財に登録されました。中国の屏風門に由来する沖縄独自の屋敷構成を今に伝える、戦後沖縄の伝統建築を代表する貴重な事例です。
岩手県久慈市にあるアレン記念館は、米国人宣教師タマシン・アレンの居宅として1941年にW.M.ヴォーリズが設計した洋風住宅です。2016年に国の登録有形文化財に登録。東北地方では希少なヴォーリズ建築の魅力と、久慈の教育・福祉に生涯を捧げたアレン女史の物語をご紹介します。
日比谷公会堂や大隈講堂を手がけた建築家・佐藤功一が設計した岩手県公会堂。登録有形文化財に認定されたアール・デコ様式の意匠や歴史的背景、見どころ、アクセス情報をご紹介します。
岩手県遠野市六日町に佇む及川家住宅(古軒)は、明治21年築の登録有形文化財の町家建築。中路地・吹抜の常居・出格子など遠野地方の典型を残す大型商家で、民宿として宿泊も可能。遠野物語の故郷で歴史的建築と民話文化を体験できます。
岩手県雫石町の国登録有形文化財「上和野馬頭観世音旧堂」は、江戸時代中期から後期に建立された馬頭観音のお堂です。南部馬の名産地における馬神信仰の歴史を今に伝える貴重な建造物の魅力をご紹介します。
遠野ふるさと村に立つ旧菊池喜右ヱ門家住宅は、部屋が一直線に並ぶ直家(すごや)。江戸後期の茅葺寄棟屋根と石を置いた切妻の厨房屋根が残り、南部の質素な農家暮らしを今に見せる登録有形文化財です。
遠野ふるさと村の旧菊池家住宅(大野どん)は、土間と馬屋を突き出すL字の南部曲り家。床の間付きの奥座敷を備えた明治初期の大型農家で、馬とともにあった南部の暮らしを伝える登録有形文化財です。
花巻の旧城下武家町に立つ旧菊池家住宅西洋館は、大正15年に建てられた和洋折衷住宅。下見板張の洋風外観の内に和室と漆喰天井が同居し、宮沢賢治ゆかりの町で解体を免れた登録有形文化財です。
遠野ふるさと村の旧菊池サイ家住宅は、半間ごとに立てた栗の柱と真壁の中塗り、喰違い六間取が特徴のL字曲り家。曲り家が広まった江戸後期の普請をそのまま今に残す、貴重な登録有形文化財です。
岩手県奥州市水沢の大畑小路、蘭学者・高野長英ゆかりの高野家に建つ小さな板倉。明治後期の建築で、側柱に板を落とし込んだ板壁や、西面の木瓜形の透彫板が見どころ。2024年に登録有形文化財となった。
昭和6年(1931年)、高野家14代目が父・長運の古稀を祝って建てた離れ座敷。鷹と松の彫刻欄間や、庭を望む濡縁が見どころで、建物と庭を一組の構成に仕立てる。史跡・高野長英旧宅に渡り廊下でつながる。
昭和16年頃に建てられた高野家の座敷棟で、内部の造作に見どころが多い。北辺の造付け棚の上に組子のガラス障子を建て込み、四周を塗り込めた折上天井をもつ。隣の古稀庵と渡り廊下でつながる。