全国の登録有形文化財
全国の登録有形文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
千葉県市川市国府台にある式場隆三郎家住宅は、柳宗悦・濱田庄司が設計し河井寛次郎が現場監理を務めた民藝建築の代表作です。東西の様式が融合する意匠や、山下清を見出した精神科医の邸宅としての歴史的背景をご紹介します。
千葉県鴨川市、東条海岸近くの旧道沿いに残る造り酒屋・鈴木家。大正12年頃に地元大工が手がけた離れは、床の間付きの10畳と8畳に全面の縁側と土庇を備えた開放的な座敷で、大谷石を漆喰で隠した石蔵と並んで静かに建つ。
千葉県鴨川市、東条海岸にほど近い鈴木家住宅。明治期から続く造り酒屋が出荷前の火入れに使った土蔵で、登録有形文化財5棟のひとつです。火落ち菌を抑える火入れの技と、造り酒屋の屋敷構えのなりたちをあわせて紹介します。
千葉県南房総市千倉町に建つ須藤家住宅主屋は、関東大震災で倒れた家の部材を再利用して建て直したと伝わる大正末期の茅葺民家。竹で納めた棟や四方のせがい造の深い軒など、安房地方の家のつくりを今に残す登録有形文化財です。
千葉県館山市の西端に立つ洲埼灯台は、大正8年(1919年)に初点灯した初期の鉄筋コンクリート造灯台。対岸の剱埼灯台と結ぶ線が東京湾と太平洋の境界をなし、富士山を望む岬に建つ。平成27年に国の登録有形文化財となった。
千葉県柏市の染谷家住宅井戸屋形は大正11年(1922年)建立で、吹放ちの下に煉瓦造・白タイル張の円筒形井戸枠を据える。染谷家が営んだ造酒屋の酒銘「星乃井」の銘板を掲げ、往時を今に伝える。
千葉県柏市の染谷家住宅稲荷社は明治前期建立で、敷地西北隅の高台に東面して建つ。切妻造の覆屋内に三間社流造板葺の小社を納め、屋敷神を祀る上層農家の伝統的な屋敷構えを今によく示している。
千葉県柏市の染谷家住宅主屋は弘化4年(1847年)に再建された大型民家。曲屋状に張り出す土間、南端の式台、表中央の18畳を核とする間取りが県西部屈指の規模で残り、名主の暮らしを伝える。
千葉県柏市の染谷家住宅長屋門は敷地南辺に南面して建つ表門で、中央の門口を東西の部屋が挟む長屋門形式をとる。屋敷内で最も古い建物と伝わり、上層農家の格式ある表構えを今によく示している。
千葉県柏市の染谷家住宅肥料小屋は明治前期建立の木造平屋建で、土間を東西二室に間仕切る。肥料の生成と貯蔵に用いた簡明な建物で、飾りは少ないが、上層農家の日々の農作業の様相を今に残している。
千葉県柏市の染谷家住宅風呂場は大正12年頃の建立で、棟に気抜を設け、内部を浴室・脱衣室・焚口と便所に分ける。脱衣室の出窓や造付の長椅子が、大正期の旧家の暮らしぶりを今に伝えている。
千葉県柏市の染谷家住宅文庫蔵は慶応3年(1867年)建立の土蔵造二階建で、主屋に次いで古い。鉢巻二段の外壁と観音扉が重厚で、ここに伝わった古文書が屋敷各棟の年代を裏づける根拠となっている。
千葉県柏市の染谷家住宅前蔵は明治26年(1893年)建立の木造二階建で、もと米蔵と伝わる。真壁造漆喰塗の外壁と腰の海鼠壁が、農と商を兼ねた上層農家の蓄えと屋敷構えを今に示している。
千葉県市原市古市場に残る武田家住宅は、国の登録有形文化財。白い下見板張りの洋風外壁と黒瓦の入母屋屋根が対照をなす元医院で、大正・昭和の医療と地域の記憶を今に伝える貴重な近代建築です。
千葉県八街市にある千葉黎明学園生徒館は、1924年(大正13年)に講堂兼武道場として建てられた木造平屋建ての洋風建築です。関東大震災直後の建設を反映した独自のトラス構造と半切妻屋根が特徴で、2013年に国の登録有形文化財に登録されました。落花生の名産地・八街の歴史を体現する貴重な近代建築をご紹介します。
千葉県流山市の流山本町大通りに佇む「寺田園旧店舗」は、明治22年(1889年)に建てられた黒漆喰磨仕上げの土蔵造り見世蔵で、国登録有形文化財に登録されています。現在は流山万華鏡ギャラリー&ミュージアムと日本茶カフェ「葉茶屋 寺田園」として活用され、江戸川水運とみりん醸造で栄えた町の記憶を今に伝えています。
千葉県館山市に残る巴橋は、明治39年(1906年)に地元の石工によって築かれた石造単アーチ橋です。関東大震災の津波や戦車の重量にも耐えた堅牢な構造を持ち、関東地方に現存する数少ない明治期の石造アーチ橋として国登録有形文化財に登録されています。
千葉県市川市の真間川沿いに佇む日本福音ルーテル市川教会会堂は、建築家ヴォーリズが1955年に設計した木造教会で、2008年に国登録有形文化財に登録されました。白い外壁と4階建て鐘楼が印象的なスパニッシュ様式の建築です。
千葉県習志野市津田沼。雑穀問屋であった廣瀬家の屋敷に建つ、わずか八平方メートルの井戸上屋。昭和十年ごろのこの小さな構築物には、内転びの柱など格式ある建築の手仕事が宿り、平成十五年に登録有形文化財となった。
千葉県習志野市津田沼に残る国登録有形文化財。明治24年(1891年)、海辺で雑穀問屋を営んだ廣瀬家が商品蔵として建てた二階建の土蔵で、棟札から大工棟梁「邑山岩吉」の名も判明する。簓子下見の外壁と、内部の重厚な梁組が見どころ。