岐阜県・大正
Taishō岐阜県 の大正時代(1912 – 1926)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
岐阜県美濃市の美濃橋は、大正5年竣工の単径間補剛吊橋。橋長113メートル、支間116メートル。現存最古の近代吊橋として平成15年に重要文化財へ指定された。令和3年の修復完了後、歩行者と自転車が無料で通行できる。
岐阜県飛騨市宮川町小豆沢にある大正8年(1919年)の空石積の砂防堰堤。堤長36m・堤高5.5mで、1割5分の緩い勾配で積まれ、水通しと水叩きはコンクリートで補強。神通川水系で最初の砂防施設とされ、2019年に登録。
岐阜県飛騨市宮川町小豆沢の谷の最上流にある大正9年(1920年)の空石積の砂防堰堤。堤長25m・堤高5.5mのうち下半4mが土砂に埋まり、100年分の土砂を受け止めて谷に溶け込んだ姿が評価され、2019年に登録された。
岐阜県飛騨市宮川町小豆沢の谷にある大正9年(1920年)の空石積の砂防堰堤。第一号の約200m上流、堤長30m・堤高4.5m。45度の石積み斜面を水が薄く滑り落ちる滑滝状の流れが見どころで、2019年に登録された。
今尾家住宅米蔵は、岐阜県各務原市那加新加納町の今尾家住宅にある大正期の土蔵造2階建ての米蔵で、平成19年に登録有形文化財となった。敷地の南東の隅に建ち、表門から延びる南側の塀と連続した景観をつくる。
今尾家住宅中門及び塀は、岐阜県各務原市那加新加納町の今尾家住宅にある大正期の腕木門と塀で、平成19年に登録有形文化財となった。小竹をはめた扉と飾り格子の窓をもつ塀で、離れと庭園を区切る。
今尾家住宅離れは、岐阜県各務原市那加新加納町の今尾家住宅にある大正期の木造平屋建ての離れで、平成19年に登録有形文化財となった。丸石を亀甲模様に積んだ基礎に建ち、東側の庭園と中門とともに景観をつくる。
今尾家住宅薬師堂は、岐阜県各務原市那加新加納町の今尾家住宅の向かいにある大正14年築の春日造の堂で、平成19年に登録有形文化財となった。石垣の上に建ち、医家の家柄の格式を伝える。
大正末期に建てられた上山家住宅の主屋。化粧煉瓦工場を興し初代多治見市長も務めた佐藤貞治の邸宅で、南面に縁側、南西端に月見台を張り出す端正な造り。多治見市で唯一の登録有形文化財建造物群の中心となる一棟である。
上山家住宅の倉庫は、洋館の北に建つ大正末期の二階建土蔵。花崗石を三段に積んだ基礎の上に海鼠壁と黒漆喰塗を重ね、妻面には重厚な観音扉と瓦庇を備える。多治見市で唯一の登録有形文化財建造物群を構成する一棟。
上山家住宅の西物置は、洋館の北西に建つ大正末期の木造平屋で、もと書生部屋と伝わる。簡素な真壁造ながら、南妻面の玄関を縦板張として洋館に調子を合わせる。多治見市で唯一の登録有形文化財建造物群の一棟である。
上山家住宅の東棟は、主屋に渡り廊下でつながる大正末期の和風の離れ。入母屋屋根をもちながら、西南端にはタイル張りのベイウィンドー付洋室を備え、敷地内の洋館と意匠を呼応させる。多治見唯一の登録有形文化財群の一棟。
岐阜県大野町の旧北岡田家住宅主屋は、大正5年(1916年)に棟梁松浦治之助が完成させた地主の住まい。建築面積432平方メートル、17室、45センチ角の大黒柱。2012年に登録有形文化財。公開日に1階を無料開放。
岐阜県大野町の旧北岡田家住宅東納屋は、大正後期に建てられた木造2階建の納屋。米蔵に接続し、北から馬屋・大工部屋・味噌部屋を並べ、東の下屋を薪部屋とする。大規模農家の暮らしを伝え2018年に登録された。
旧須田歯科医院は岐阜県高山市桜町にある大正後期の木造2階建の医院兼住宅で、登録有形文化財。下見板張の外壁に両開きの縦長窓を開け、内部の1階を洋風、2階を和風とし、町家の並ぶ高山の市街で大正期の洋風志向を示す。
郡上市八幡町島谷の旧林療院で本館の背後に建つ大正初期の小さな木造2階建。岐阜県下で最も早くレントゲン施設が置かれた例と伝わり、1階は土蔵風、全体は本館を意識した洋風意匠。郡上八幡樂藝館の一部として公開。
郡上市八幡町大手町にある大正9年(1920年)の木造2階建の洋風医院。コンクリート洗い出しの外壁で繰形の上に2階が張り出し、1階にアーチ形窓、2階に上げ下げ窓、玄関ポーチの持送りと欄間に漆喰の意匠を凝らす。
旧名鉄美濃町線美濃駅プラットホーム及び線路は岐阜県美濃市の旧美濃駅の大正12年(1923年)のホームと線路で、登録有形文化財。駅舎本屋の南面にコの字形に2本のホームが取り付き、玉石張の側壁とL形鋼の上屋をもち、間に2線の軌道が残る。
旧名鉄美濃町線美濃駅本屋は岐阜県美濃市に建つ大正12年(1923年)の木造平屋建の駅舎で、登録有形文化財。美濃電気軌道の新美濃町駅として建てたターミナル型の駅で、東の妻面に木骨を装飾的に表す。平成11年(1999年)の廃線後も地域の目印。
岐阜県養老町高田の酒造場の中心にある大正15年の仕込蔵。桁行10間・梁間6間の土蔵造2階建で、樽を並べる大空間を持ち、2階にはもと麹室があった。南側で南酒蔵とつながり、仕込みから貯蔵へ工程を受け渡す。