茨城県の登録有形文化財
茨城県 · 登録有形文化財
旧渡辺甚吉邸主屋は東京の白金台から茨城県取手市へ移築された昭和9年の洋風住宅で、令和5年に登録有形文化財となった。山本拙郎と遠藤健三、今和次郎が手がけた本格的なチューダー様式で、公開は不定期の事前予約制。
茨城県石岡市の国登録有形文化財「栗山呉服店店舗兼住宅」は、昭和7年頃に建てられた木造2階建ての商家建築です。2階正面の洒落た組子細工や、昭和4年大火後の復興を伝える看板建築の街並みの魅力をご紹介します。
茨城県常総市にある五木宗レンガ蔵は、鬼怒川の水運で栄えた豪商・五木田家が明治15年に建造した3階建ての煉瓦造蔵です。国の登録有形文化財に指定された、水海道の繁栄を今に伝える貴重な近代建築をご紹介します。
茨城県桜川市真壁町田にある小田部鋳造北土蔵は、桁行13間、梁行3間の細長い土蔵。西面の庇の下に蔵前を設け、南側9.5間分を荷蔵とする働く蔵で、産業の建物として2001年に国の登録有形文化財に登録された。
茨城県桜川市真壁町田にある小田部鋳造主屋は、桁行9間、梁行5間の江戸時代末期の住宅。南半分を土間とし北寄りに大黒柱を立てる農家型の造りで、37代続く鋳物師小田部家の住まいとして2001年に国の登録有形文化財となった。
茨城県桜川市真壁町田にある小田部鋳造南土蔵は、桁行4.5間、梁行2.5間、建築面積55平方メートルの2階建て土蔵。土壁の上に小屋を載せる置屋根形式で、造形の規範として2001年に国の登録有形文化財となった。
茨城県桜川市真壁町田にある小田部鋳造門は、間口3.0メートルの木造薬医門。道が折れる地点に立ち、右手に板塀、左手に屋根付石塀を従える。鋳造所の格式を示す遺構として、2001年に国の登録有形文化財となった。
小西見世蔵は茨城県結城市浦町にある明治初期の土蔵造の店舗で、平成17年に登録有形文化財となった。もと金物商の店で外壁は黒漆喰塗。棟札が残らず建築年は確定せず、階高の低い二階に古い形式をとどめる。内部は非公開。
茨城県桜川市真壁町飯塚の小林商店米蔵は、明治中期の木造平屋建で2003年に登録有形文化財となった。米を納める建物でありながら土蔵造をとらず、真壁造と簓子下見板張の町家らしい正面で、北隣の店舗と街路の連なりをつくる。
茨城県桜川市真壁町飯塚の旧下館街道に面する小林商店店舗は、昭和3年の木造平屋建で2003年に登録有形文化財となった。寄棟造に深い下屋を付け、帳場とL字型土間を残し、ガラス戸と戸袋が昭和初期の意匠を示す。
茨城県石岡市辻に建つ坂入家住宅主屋は明治前期の茅葺民家で、桁行21メートル、建築面積222平方メートル。縞模様を描くトオシモノの軒付を備え、平成22年に登録有形文化財となった当地方の大規模農家である。
坂長本店石蔵は茨城県古河市の商家に建つ大正期の石造2階建。外壁は大谷石の切石積で、扉口の脇柱とまぐさに一石の長大な切石を用いる。平成12年に登録有形文化財となり、いまはミニホールとして公開されている。
坂長本店主屋は茨城県古河市の商家に建つ明治前期の木造2階建。5棟の蔵に囲まれた敷地で唯一の住まいの棟であり、文化庁は座敷飾の細工と意匠を評価する。平成12年に登録有形文化財となり、現在は公開施設として使われている。
坂長本店袖蔵(旧古河城乾蔵)は茨城県古河市の四つ辻の角に建つ2階建の土蔵である。牛梁の墨書から文久3年の建築とわかり、廃城後に古河城から移された。平成12年に登録有形文化財となった数少ない城の遺構である。
坂長本店中蔵は、茨城県古河市の商家の屋敷地最奥に建つ江戸中期の2階建土蔵である。年代を示す墨書はなく、屋敷内で最も古いものと伝わる。平成12年に登録有形文化財となり、現在も内部で屋根裏を見上げられる。
坂長本店文庫蔵(旧質蔵)は、茨城県古河市の商家に建つ安政5年の2階建土蔵である。白漆喰の一部を黒漆喰で仕上げており、困窮者を救うおたすけ普請によると伝わる。平成12年に登録有形文化財となり、いまは展示室。
坂長本店店蔵(旧古河城文庫蔵)は、茨城県古河市の旧大工町通りに面する江戸後期の2階建土蔵造の店舗である。廃城後に古河城から移されたと伝わり、半間ごとの柱と大引天井に旧規を残す。平成12年に登録された。
桜井家住宅主屋は茨城県桜川市真壁町にある大正10年頃の住宅。木造平屋建、寄棟造桟瓦葺で建築面積135平方メートル。10畳の仏間に6畳の洋間が並び、12畳の座敷が北へ突き出す。内部は非公開で、見学は通りからの外観のみ。
桜井家住宅新蔵は茨城県桜川市真壁町にある明治後期の土蔵。西蔵の東に建ち、桁行4間梁間2間半、切妻造桟瓦葺の平入で建築面積46平方メートル。もと質蔵と伝えられ、外部は黒漆喰塗。西面には幅1間の土庇が差し掛かる。
桜井家住宅店舗は茨城県桜川市真壁町にある明治初期の町家。桁行5間、切妻造桟瓦葺の平入で、2階は大正10年頃の増築。隣地に接する西妻面だけを土蔵造とする防火の工夫が残る。内部は非公開で、見学は通りからの外観のみ。