龍口寺鐘楼 ― 明治の鐘楼を昭和に迎えた吹放ちの鐘楼

龍口寺鐘楼は、神奈川県藤沢市片瀬の龍口寺境内に建つ明治14年(1881年)建築の鐘楼で、昭和44年(1969年)に現在地へ移築され、令和3年(2021年)に登録有形文化財となった。登録番号は14-295である。

大本堂の東南に築かれた基壇の上に、棟を南北に通して建つ。屋根は入母屋造本瓦葺、四方に壁を設けない吹放しの形式で、面積は21平方メートルある。鐘楼としては平面が長方形で規模が大きい。寺の案内では、境内を上って右手にあたる位置として示されている。

龍口寺鐘楼の二つの年号

龍口寺鐘楼には、年号が二つ付いている。寺の案内は、龍口法難700年を記念して昭和44年(1969年)に建立したと紹介している。一方、文化庁の記録では建築が明治14年(1881年)、昭和44年は移築の年とされている。

二つを合わせると、骨組みそのものは明治に建てられ、龍口寺に据えられたのが昭和44年という順序になる。建物としては移築の時点ですでに88年を経ていたことになり、登録の年代も文化庁の記録に従って明治とされている。どこから移されたのかは、文化庁の解説には記されていない。

簡明で力のこもった意匠

龍口寺鐘楼の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、飾りを抑えた簡明な意匠でありながら力強さのある鐘楼と評している。

その力強さは、柱と組物の扱いから来ている。軸部は禅宗様を基調とし、4本の丸柱をいずれも上に向かってわずかに内へ傾ける内転びで立てる。4本の柱が上で寄ることで、長方形の平面に大きな本瓦の屋根を載せても、下へ踏ん張る姿に見える。

詰組の三斗と蟇股、格天井

龍口寺鐘楼の組物は三斗を詰組にしている。柱の真上だけでなく、柱と柱のあいだにも同じ三斗を並べる配置で、軒下に組物が途切れなく続く。禅宗様の建物に多い並べ方である。

柱の上部には2本の横材が通る。下が虹梁の形に弓なりに整えた内法貫、上が頭貫で、そのあいだの空いた部分に蟇股を据えて飾りとしている。見上げると、横材と蟇股、その上の組物が三段に重なって見える。

天井は格天井を張る。吹放しで壁がないため、梵鐘の脇に立てば格子の天井までそのまま見通せる。

龍口寺鐘楼の見学と梵鐘

龍口寺鐘楼に吊られた梵鐘は「延寿の鐘」と名づけられ、表面に龍の浮き彫りがある。寺では毎朝この鐘を撞いている。寺のよくある質問によれば、拝観時間内であれば誰でも自由に撞いてよい。そこでは時間を午前9時30分から午後4時30分までと記している。

内転びの柱を確かめるなら、鐘楼から少し離れて、丸柱の線を下から上へ目で追うとよい。棟が南北に通っているので、長手の面は東と西を向く。詰組の並びは、この長手の面で数えるとわかりやすい。

龍口寺鐘楼と大本堂のあいだには日蓮の像が立っており、場所の目印になる。

Q&A

Q龍口寺鐘楼はいつ建てられましたか?
A文化庁の記録では明治14年(1881年)の建築で、昭和44年(1969年)に龍口寺へ移築されました。寺の案内は昭和44年の建立と紹介しています。
Q龍口寺鐘楼の鐘は誰でも撞けますか?
A寺の案内では、拝観時間内(午前9時30分から午後4時30分まで)であれば誰でも自由に撞けます。
Q龍口寺鐘楼は境内のどこにありますか?
A大本堂の東南の基壇の上にあります。鐘楼と大本堂のあいだに日蓮の像が立っています。
Q龍口寺鐘楼の柱が傾いて見えるのはなぜですか?
A4本の丸柱を上に向けてわずかに内側へ傾ける内転びという手法で立てているためです。
Q龍口寺鐘楼が登録有形文化財になったのはいつですか?
A令和3年(2021年)2月26日です。登録番号は14-295で、国土の歴史的景観に寄与しているものとして登録されました。

基本情報

名称龍口寺鐘楼
所在地神奈川県藤沢市片瀬3丁目2822
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和3年(2021年)登録
員数1棟
寸法面積21平方メートル
所有者宗教法人龍口寺
公開状況外観は見学可、梵鐘は拝観時間内に撞くことができる

参考文献

国指定文化財等データベース 龍口寺鐘楼(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013698
龍口寺鐘楼(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/595229
龍口寺を知る(寂光山龍口寺)
https://ryuukoji.com/about/
よくあるご質問(寂光山龍口寺)
https://ryuukoji.com/faq/

最終更新日: 2026.09.15