總持寺虎嘯窟渡廊下とは

總持寺虎嘯窟渡廊下は、神奈川県横浜市鶴見区の曹洞宗大本山總持寺にある明治44年(1911年)頃建築の渡廊下で、令和5年(2023年)に国の登録有形文化財に登録された。読みは「こしょうくつわたりろうか」。

放光堂と、貫首の住まいである虎嘯窟とを、途中で直角に折れながら結ぶ。木造平屋建・瓦葺で、建築面積は61平方メートル。文化庁は、貫首が使用した造りのよい渡廊下と説明している。

放光堂と虎嘯窟はいずれも山形県鶴岡市の総穏寺から移された建物で、總持寺虎嘯窟渡廊下は、この二つを本山の移転と同じころに一体の施設として結びつけた部分にあたる。

總持寺虎嘯窟渡廊下が登録有形文化財となった理由

登録基準は「造形の規範となっているもの」である。切妻造桟瓦葺の屋根をかけ、組物は舟肘木とする。壁は柱を見せる真壁造で、格子窓を開け、下部を腰板張りとする。

文化庁の解説が注目するのは二つの工夫である。一つは、虎嘯窟の側に屋根を葺き下ろして玄関を設けた点。もう一つは、放光堂寄りの2間で虹梁を二重に架けて蟇股を置き、屋根を一段切り上げたうえで、床組を太鼓橋のように反らせ、その下を通路としている点である。

渡り廊下は付属の建物として見落とされやすいが、總持寺虎嘯窟渡廊下は、境内の動線を廊下の下に通しながら、貫首の通り道にふさわしい格式を与えている。実用と意匠を小さな規模で両立させた例として評価された。

總持寺虎嘯窟渡廊下の見どころ

いちばんの見どころは、放光堂寄りの太鼓橋状の部分である。床が弧を描いて持ち上がり、その下を人が通り抜けられる。外から見ると、ここだけ屋根が高く、二重の虹梁と蟇股が正面を飾っている。

真壁の柱と格子窓、腰板の組み合わせは落ち着いた住宅風の表情で、放光堂の大きな屋根と並ぶと、廊下の軽やかさが際立つ。

途中の矩折れ(直角の曲がり)の位置も確かめておきたい。二つの建物の向きの違いを、總持寺虎嘯窟渡廊下が折れ曲がることで受け止めている。

總持寺虎嘯窟渡廊下の見学方法

總持寺虎嘯窟渡廊下は貫首が使う通路であり、一般の参拝者が廊下の上を歩けるという案内はない。放光堂の周辺から外観の一部、とくに太鼓橋状の部分を見られる。

床下の通路は境内の動線の一部だが、通行できるかどうかは区域の管理状況によるため、案内表示や係の指示に従いたい。虎嘯窟側は奥向きの区域にあたるので立ち入らない。境内への行き方は總持寺のページにまとめてある。

Q&A

Q總持寺虎嘯窟渡廊下は何と何をつないでいますか?
A放光堂と、貫首の住まいである虎嘯窟を、途中で直角に折れながらつないでいます。
Q總持寺虎嘯窟渡廊下の特徴は何ですか?
A放光堂寄りの2間で二重虹梁と蟇股を用いて屋根を切り上げ、床組を太鼓橋のように反らせて、その下を通路にしている点です。
Q總持寺虎嘯窟渡廊下を歩くことはできますか?
A貫首が使う通路で、一般の参拝者が歩けるという案内はありません。外観の一部は放光堂の周辺から見られます。
Q總持寺虎嘯窟渡廊下はいつ登録有形文化財になりましたか?
A令和5年(2023年)8月7日に登録されました。建築は明治44年(1911年)頃です。
Q總持寺虎嘯窟渡廊下の所在地は?
A文化庁のデータベースでは神奈川県横浜市鶴見区鶴見2丁目1878-3とされています。總持寺の境内の一角です。

基本情報

名称總持寺虎嘯窟渡廊下(そうじじこしょうくつわたりろうか)
所在地神奈川県横浜市鶴見区鶴見2丁目1878-3
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年2023年(令和5年)
員数1棟
寸法木造平屋建、建築面積61平方メートル
所有者宗教法人大本山總持寺
公開状況外観の一部を境内から見学可。廊下上の通行の案内なし

参考文献

總持寺虎嘯窟渡廊下|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014578
放光堂(ほうこうどう)|曹洞宗大本山總持寺
https://www.sojiji.jp/map/houkoudou/
参拝のご案内|曹洞宗大本山總持寺
https://www.sojiji.jp/visit/

最終更新日: 2026.09.16