總持寺鐘鼓楼とは
總持寺鐘鼓楼は、神奈川県横浜市鶴見区の曹洞宗大本山總持寺にある大正4年(1915年)建築の楼で、平成17年(2005年)に国の登録有形文化財に登録された。読みは「しょうくろう」。
放光堂と衆寮のあいだに立つ、木造2階建・瓦葺の小さな建物で、建築面積は16平方メートル。桁行3間・梁間2間の入母屋造・桟瓦葺で、1階と2階は同じ大きさの平面をもち、通し柱で上下を貫く。1階は通路になっていて、化粧屋根裏とした2階の中央に鐘を吊る。
寺のデジタルアーカイブによれば、總持寺鐘鼓楼は明治から大正にかけて活躍した実業家、村井吉兵衛の寄進である。鶴見に移った本山は多くの外護者に支えられて伽藍を整えており、村井はこの楼のほかにも多数の仏像や仏具を納めたと伝えられる。
總持寺鐘鼓楼が登録有形文化財となった理由
登録基準は「造形の規範となっているもの」である。文化庁の解説は、古風な要素と禅宗様の要素を巧みに調和させた点を評価している。
古風な側に属するのは、高欄付きの縁と連子窓である。これに対して、両開きの桟唐戸、花頭窓、垂木を2本ずつ寄せて並べる吹寄垂木は、禅宗様の語彙にあたる。わずか16平方メートルの楼に、異なる系統の意匠を無理なく同居させている。
1階を通路として人の動線に組み込み、2階に鐘を置く構成も実用的である。總持寺鐘鼓楼は、伽藍の建物をつなぐ動線上で、時を告げる役と通り抜けの役を兼ねている。
總持寺鐘鼓楼の見どころ
1階と2階が同じ大きさで、通し柱がまっすぐ上まで伸びるため、楼全体がすっきりとした箱形に見える。屋根の反りとの対比がきれいである。
2階まわりでは、高欄付きの縁の外側に連子窓と花頭窓が並ぶ。軒下をのぞくと、垂木が2本ずつ組になって並ぶ吹寄せのリズムが確かめられる。
下をくぐる通路からは、化粧屋根裏の2階を直接見ることはできないが、楼の幅と奥行きの小ささが実感できる。總持寺鐘鼓楼は、小さな建物に意匠の密度を集めた例である。
總持寺鐘鼓楼の見学方法
總持寺鐘鼓楼は放光堂と衆寮のあいだにあり、外観は伽藍の西側で見られる。2階に上がるという案内はない。
1階の通路は伽藍内の動線にあたるため、通行できるかどうかは時間帯や行事によって異なる。ガイド付きの諸堂拝観に参加する場合は案内者の指示に従い、鐘に触れないようにしたい。境内への行き方と拝観の申し込み方法は總持寺のページにまとめてある。
Q&A
- 總持寺鐘鼓楼はどこにありますか?
- 放光堂と衆寮のあいだに建っています。伽藍の西側です。
- 總持寺鐘鼓楼は誰が寄進したのですか?
- 寺のデジタルアーカイブによれば、明治から大正にかけて活躍した実業家の村井吉兵衛の寄進です。
- 總持寺鐘鼓楼の構造の特徴は?
- 1階と2階が同じ大きさの平面で通し柱とし、1階を通路、化粧屋根裏の2階中央に鐘を吊ります。高欄付縁や連子窓と、禅宗様の桟唐戸・花頭窓・吹寄垂木を組み合わせています。
- 總持寺鐘鼓楼はいつ建てられ、いつ登録されましたか?
- 大正4年(1915年)の建築で、平成17年(2005年)7月12日に登録有形文化財に登録されました。
- 總持寺鐘鼓楼の2階に上がれますか?
- 2階に上がるという案内はありません。外観は伽藍の西側から見られます。
基本情報
| 名称 | 總持寺鐘鼓楼(そうじじしょうくろう) |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県横浜市鶴見区鶴見2-1-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 2005年(平成17年) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、建築面積16平方メートル |
| 所有者 | 宗教法人大本山總持寺 |
| 公開状況 | 外観は境内から見学可。2階の公開案内なし |
参考文献
- 總持寺鐘鼓楼|国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004720
- 總持寺の歴史-所蔵史資料からみる-|曹洞宗大本山總持寺デジタルアーカイブ
- https://adeac.jp/sojiji/top/timeline/index.html
- 参拝のご案内|曹洞宗大本山總持寺
- https://www.sojiji.jp/visit/
最終更新日: 2026.09.16