熊本県の登録有形文化財
熊本県 · 登録有形文化財
あさぎり町免田西にある大正13年(1924年)の単線用鋼製2連桁橋。橋長5.4メートル。達第875号式の6フィートIビームは官営製鉄所製で、英国製鋼材の内門橋梁と対をなす。平成26年(2014年)に国の登録有形文化財となった。
相良村の旧川村駅に残る昭和28年(1953年)の鉄骨造待合所。ベンチ形の基礎から曲げた山形鋼を立ち上げて片流れ屋根を支える。令和2年豪雨で駅は移転し、旧駅は災害遺構として整備された。平成26年(2014年)に国の登録有形文化財となった。
錦町木上南の無人駅に残る昭和28年(1953年)の鉄骨造待合所と、コンクリート造の構造物に芝張りの盛土を組み合わせたプラットホーム。田園の点景として登録され、現在も列車を迎えている。平成26年(2014年)に国の登録有形文化財となった。
錦町西の高柱川に架かる大正12年(1923年)の単線用鋼製4連桁橋。橋長42メートル。達第540号式の30フィート上路式桁を、精緻なコンクリートブロック積の円形断面の橋脚が支える。平成26年(2014年)に国の登録有形文化財となった。
人吉市城本町にある大正12年(1923年)の単線用鋼製単桁橋。橋長7.3メートル、達第540号式の20フィート桁は補剛材の端をクリンプさせた納まりで、コンクリートブロック積の橋台とともに残る。平成26年(2014年)登録。
錦町一武にある大正12年(1923年)の鉄筋コンクリート造2連桁橋。橋長4.3メートル。単桁函渠の標準設計を基にしたとみられ、ラーメン構造風の外観と、橋脚南面の水切り、石積み翼壁を持つ。平成26年(2014年)に国の登録有形文化財となった。
錦町西の高柱川に架かる大正12年(1923年)の単線用鋼製6連桁橋。橋長62メートル。達第540号式の30フィート上路式桁を、小判形断面のコンクリートブロック積の橋脚が支える。平成26年(2014年)に国の登録有形文化財となった。
湯前町にある大正13年(1924年)の単線用鋼製単桁橋。橋長4.7メートル。12フィートのIビームに米国カーネギー社製の鋼材を使い、石積み翼壁を含めほぼ左右対称の姿を残す。湯前駅の西約500メートル。平成26年(2014年)登録。
多良木町の多良木青蓮寺駅(旧東多良木駅)に残る昭和38年(1963年)の片持ち屋根の待合所と、延長110メートルの鉄骨造ホーム。構造部材にレールを使う軽やかな意匠が景観になじむ。平成26年(2014年)に国の登録有形文化財となった。
多良木町にある大正13年(1924年)の単線用鋼製単桁橋。橋長14メートル。40フィート桁を使い、農業用水と斜めに交わるため2本の主桁を前後にずらしてつなぐ。東側に扇形の石積み翼壁を残す。平成26年(2014年)登録。
多良木町平原にある大正13年(1924年)のコンクリート造アーチ。橋長3.7メートル、幅員8.1メートル、径間6フィート。達第1007号の五心円アーチを斜橋として架け、下面にインバートを打つ。平成26年(2014年)登録。
多良木町古多良木にある大正12年(1923年)の鉄筋コンクリート造単桁橋。橋長4.6メートル。達第1305号による径間8フィートの斜橋で、農業用水に沿って湾曲する石積み翼壁を残す。平成26年(2014年)に国の登録有形文化財となった。
あさぎり町の免田川に架かる大正12年(1923年)の単線用鋼製6連桁橋。橋長75メートルは沿線の登録橋梁で最長。達第540号式の30フィート桁2連と40フィート桁4連を組み合わせる。平成26年(2014年)に国の登録有形文化財となった。
くま川鉄道の終着・湯前駅に残る大正13年(1924年)の木造平屋の駅舎。正面の車寄、背面の閉塞取扱所、下見板張の外壁、出札口の造作を残し、沿線で唯一戦前の姿をとどめる。平成26年(2014年)に国の登録有形文化財となった。
熊本県立玉名高等学校前庭池は昭和12年築、本館南前庭のコンクリート造の池。半円形2池の間に通路を通し、上から見ると「中」の字に読める。校舎の「玉」字形配置と合わせ「玉中」を表すと伝わる。平成13年登録。
熊本市水道記念館(旧八景水谷貯水池ポンプ場)は大正13年築、建築面積99平方メートルの煉瓦造平屋建。寄棟屋根の四面に反曲線の小屋根が張り出す表現派の意匠で、内部には創設時の送水ポンプが残る。平成9年登録。
熊本大学医学部山崎記念館(旧熊本医科大学図書館)は昭和6年築、武田五一設計の鉄筋コンクリート造2階建。箱形のマッスを水平帯でまとめ、2階開口部の方立に特徴がある。平成18年には曳家で48メートル移動した。
大正11年の火災で失われた木造本館に代わり、大正13年に完成した鉄筋コンクリート造3階建の校舎。設計は文部技師の長岡勇衛。壁面に表した柱型とセセッション風の柱頭飾りが、新素材に挑んだ時代の設計を伝える。
昭和4年、アメリカのルーテル教会からの寄贈で建てられた木造平屋の園舎。桁行27メートルの切妻造で、採光と換気のため開口部を広くとる。玄関のむくり屋根と半円アーチ窓が呼応し、今も現役の認定こども園として使われている。
昭和11年の高潮で決壊した郡築堤防の補強工事に伴い、昭和13年に築かれた石造3連アーチの樋門。コンクリートが主流の時代にあえて切石を選び、上部の壁体を布積みとする。八代の石工技術を伝える貴重な1基である。