長崎県の重 要 文 化 財
Important Cultural Property of 長崎県長崎県に所在する重要文化財。
長崎県諫早市に保管される国指定重要文化財「ヱーセルテレカラフ」は、幕末に佐賀藩精煉方が蘭学の知識を基に製作した現存唯一の国産指字式電信機です。その歴史的価値と見どころ、アクセス情報をご紹介します。
鎌倉時代に薩摩波平派の刀工・波平家安が鍛えた重要文化財「太刀〈銘波平家安〉」をご紹介します。約900年続いた日本最長の刀工流派の希少な現存作で、大和伝の系譜を伝える小板目肌と細直刃の端正な作風が見どころです。1955年指定、身長67.5cmの一振の歴史と魅力をお伝えします。
長崎県対馬市に伝わる朝鮮国告身は、文明9年(1477)・文明14年(1482)・文亀3年(1503)に朝鮮王朝が中世対馬の豪族・早田氏ゆかりの倭人に発給した三通の官職授与状です。昭和49年に重要文化財に指定され、わが国に現存する朝鮮国告身としては最古のまとまった遺品として、中世日朝交渉の実態を伝える第一級の史料となっています。
長崎市鍛冶屋町に佇む清水寺本堂は、寛文8年(1668年)に唐商・何高材の寄進で建立された国指定重要文化財。日本の真言宗寺院に中国・黄檗様式が融合した長崎ならではの建築美をご紹介します。
長崎県の伊ノ浦瀬戸に架かる西海橋は、1955年に完成した日本初の海峡横断橋です。完成当時は固定アーチ橋として世界第3位の長さを誇り「東洋一のアーチ橋」と称されました。戦後の物資不足の中、卓越した設計・製作・施工技術が駆使された本橋は、2020年に戦後建設の橋梁として初めて国の重要文化財に指定されています。日本三大急潮のうず潮や桜の名所としても人気の観光スポットです。
長崎県平戸市の鏡川に架かる幸橋(オランダ橋)は、元禄15年(1702年)にオランダ商館由来の石造技術で建造された単アーチ橋です。国の重要文化財に指定されており、平戸が国際貿易港として栄えた時代の東西文化交流を今に伝える貴重な遺構です。
長崎市西出津町に位置する国指定重要文化財・旧出津救助院は、フランス人宣教師ド・ロ神父が1883年に私財を投じて設立した女性のための授産施設です。世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産であり、独自のド・ロ壁や明治初期の建築技術を今に伝えます。
長崎市外海地区の高台に建つ出津教会堂は、フランス人宣教師ド・ロ神父が1882年に自ら設計・建設した国の重要文化財です。2018年に世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産として登録。250年の潜伏の歴史を象徴する白亜の教会の魅力と見どころをご紹介します。
対馬南端の厳原町豆酘に建つ、19世紀中頃の瓦葺き民家。桁行13.9メートル、切妻造本瓦葺で、三間取に一間の入側を付した対馬独特の間取りと構架が評価され、昭和44年に国の重要文化財に指定された上層農家の遺構。
長崎・崇福寺の護法堂は、享保16年(1731年)に中国工匠が建てた重要文化財。中央に観音、右に三国志の関帝、左に韋駄天を祀る。扇垂木や挿肘木など黄檗様式の細部や、関帝像の頬に残る傷の言い伝えが見どころだ。
長崎市鍛冶屋町の黄檗宗・崇福寺の外門。嘉永2年(1849)に棟梁大串五郎平ら日本人工匠が再建した楼門で、龍宮門とも呼ばれる。境内で最も中国趣味が濃く、朱塗りの楼上には隠元筆と伝わる聖寿山の扁額が掲げられている。重要文化財。
長崎・崇福寺の鐘鼓楼は享保13年(1728)建立の重要文化財。上階に梵鐘を吊り太鼓を置く二重の建物で、軸部は唐人工匠、屋根回りは和様という日中の合作。丸窓や火灯窓、白壁と朱丹塗りの外観に見どころがあり、境内には国宝二棟もある。
長崎市鍛冶屋町の崇福寺に建つ媽姐門は、寛文6年(1666年)建立の三間三戸八脚門。海上守護神・媽祖を祀る媽祖堂へ通じる門で、菩薩門とも呼ばれる。前面に黄檗様式の化粧屋根裏を見せ、1972年に国の重要文化財に指定された。
平戸瀬戸を望む丘に建つ赤煉瓦の聖堂。黒島や外海から移り住んだ信徒が、棟梁・鉄川与助の設計施工により大正7年(1918年)に完成させた、彼の煉瓦造教会の到達点。八角ドームの鐘塔をいただき、2003年に国の重要文化財に指定された。
長崎市中里町に佇む旧本田家住宅は、長崎県最古の民家遺構として国の重要文化財に指定された江戸時代中期の茅葺き農家住宅です。三間取りの間取り、叉首組みの屋根構造、地元で「ももづき葺き」と呼ばれる独特の錣葺き屋根など、日本の伝統的な農家建築の貴重な姿を今に伝えています。入場無料で常時見学可能。
長崎市南山手の大浦天主堂敷地内に建つ旧羅典神学校は、明治8年(1875年)にド・ロ神父の設計で建てられた日本人カトリック司祭養成のための神学校です。木骨煉瓦造による堅牢な三階建て洋館は、禁教時代の終焉とキリスト教再興の象徴として昭和47年に国の重要文化財に指定されました。現在はキリシタン博物館として公開されています。