東大寺五輪塔は奈良市川上町にある鎌倉時代前期の石造五輪塔
東大寺五輪塔は、奈良県奈良市川上町にある東大寺所有の鎌倉時代前期の石造五輪塔で、昭和30年(1955年)に重要文化財に指定された。読みは「ごりんとう」。
東大寺の建造物の多くは雑司町の境内に集まっているが、東大寺五輪塔は境内から離れた川上町に立つ。文化庁のデータベースでは員数は1基、構造は「石造五輪塔」と記されている。
五輪塔という形
五輪塔は、5つの部分を下から積み上げた石塔である。一般に、方形の地輪、球形の水輪、屋根形の火輪、半球形の風輪、宝珠形の空輪からなり、仏教でいう地・水・火・風・空の五大をあらわすとされる。供養塔や墓塔として、平安時代後期から広く造られた。
東大寺五輪塔を見るときは、5つの石の比率に注目したい。地輪の高さ、水輪のふくらみ、火輪の軒の反りなどは時代や工人によって異なり、石塔の年代を考える手がかりになる。
鎌倉時代前期という年代
文化庁のデータベースは、東大寺五輪塔の年代を鎌倉時代前期(1185〜1274年)とする。治承4年(1180年)の兵火のあと、重源が大勧進となって東大寺の復興を進めた時代と重なる。寺の歴史解説によると、重源は養和元年(1181年)に勧進職に任じられ、建久6年(1195年)に大仏殿の落慶供養を迎え、その後も境内の諸堂を次々に再建した。
東大寺五輪塔は、この復興期の東大寺のもとで造られた石造物である。南大門や鐘楼、開山堂の内陣など、同じ時代の木造建築とあわせて考えると、鎌倉時代の東大寺の再興が石の造形にも及んでいたことが分かる。
東大寺五輪塔が重要文化財に指定された理由
東大寺五輪塔は昭和30年(1955年)2月2日に重要文化財に指定された。東大寺の建造物の多くが明治時代に指定されたのに対し、五輪塔の指定は戦後の文化財保護法のもとで行われた。
鎌倉時代前期にさかのぼる石造五輪塔として、木造の堂塔とは別のかたちで東大寺の中世を伝える点に価値がある。
東大寺五輪塔の見学
東大寺五輪塔は奈良市川上町にあり、雑司町の境内からは離れている。寺の参拝案内には五輪塔の公開や行き方についての記載がない。
訪ねる場合は、周囲の環境に配慮し、石塔に触れたり登ったりしないようにしたい。場所や見学の可否は、事前に東大寺に問い合わせて確かめるのが確実である。東大寺全体の拝観条件と境内への行き方は東大寺のページにまとめてある。
Q&A
- 東大寺五輪塔はいつ造られましたか?
- 文化庁のデータベースは鎌倉時代前期(1185〜1274年)としています。重源による東大寺の復興期と重なります。
- 東大寺五輪塔はどこにありますか?
- 奈良市川上町にあり、雑司町の東大寺の境内からは離れています。
- 東大寺五輪塔の五輪とは何ですか?
- 下から地輪・水輪・火輪・風輪・空輪の5つの石を積んだ形で、地・水・火・風・空の五大をあらわすとされます。
- 東大寺五輪塔はいつ重要文化財に指定されましたか?
- 昭和30年(1955年)2月2日です。
- 東大寺五輪塔は見学できますか?
- 寺の参拝案内に公開や行き方の記載がないため、場所や見学の可否は事前に東大寺に確かめてください。
基本情報
| 名称 | 東大寺五輪塔 |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県奈良市川上町 |
| 指定区分 | 重要文化財 |
| 指定年 | 昭和30年(1955年) |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 石造五輪塔 |
| 所有者 | 東大寺 |
| 公開状況 | 寺の参拝案内に公開の記載なし |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):東大寺五輪塔
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2458
- 東大寺:鎌倉再建
- https://www.todaiji.or.jp/history/kamakuraki/
- 東大寺:拝観時間・拝観料
- https://www.todaiji.or.jp/information/haikan/
最終更新日: 2026.10.02