東大寺東西楽門(東)は大仏殿の東廻廊に開く享保7年(1722年)の門

東大寺東西楽門(東)は、奈良県奈良市雑司町の東大寺で、大仏殿を囲む廻廊の東側に開く江戸時代中期の門で、享保7年(1722年)に建てられ、明治33年(1900年)に重要文化財に指定された。読みは「とうざいがくもん(ひがし)」で、東楽門とも呼ばれる。

東大寺東西楽門は廻廊の東西に1棟ずつ開く門で、西の門は享保4年(1719年)、このページの東の門はその3年後に完成した。2棟がそろったことで、大仏殿の前庭を囲む廻廊の構えがほぼ形を整えた。

東大寺東西楽門(東)と奈良時代の転害門は同じ形式

東大寺東西楽門(東)は、正面3間の中央1間を通路とする三間一戸の八脚門で、屋根は切妻造、本瓦葺である。文化庁のデータベースで同じ「三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺」と記される門が、東大寺にはもう1棟ある。境内の北西に残る奈良時代の転害門である。

形式名は同じでも、両者のあいだには千年近い時の隔たりがある。転害門は東大寺の創建期から残る数少ない建物で、鎌倉時代の修理で組物や軒が改められている。東の楽門は、江戸時代に廻廊の一部として新しく建てられた門で、廻廊とつながっている点が独立して立つ転害門と大きく違う。境内を歩くなら、2つの門を見比べると、同じ八脚門という形式が時代と置かれた場所によってどう変わるかが分かる。

東大寺東西楽門(東)の位置と眺め

東大寺東西楽門(東)は、中門から東へ延びる廻廊の途中に開く。廻廊の屋根は一重で低く続くが、門のところだけ切妻屋根が一段高く立ち上がり、外から見ても門の位置がすぐ分かる。

大仏殿の東側の境内は、鐘楼や二月堂のある東の高台へ向かう道の起点になる。東の門の外観は、その道すがら、廻廊の外側から眺められる。

東大寺東西楽門(東)の指定

東大寺東西楽門(東)は、明治33年(1900年)に中門・廻廊・西の門と同じ日に、古社寺保存法のもとで指定され、現在は重要文化財である。文化庁のデータベースでは、東と西の門は同じ指定番号を持ちながら、別々の文化財として記録されている。

大仏殿・中門・廻廊・東西楽門は、公慶に始まる江戸時代の再建事業のなかで、30年近くをかけて順に建てられた。東の門はその後半の工事にあたる。

東大寺東西楽門(東)の見学

東大寺東西楽門(東)の外観は、廻廊の外側の境内から料金なしで見ることができる。大仏殿の拝観中は、廻廊の内側からも見られる。門の内部や通行の可否について、寺の参拝案内に特別な記載はない。

大仏殿の拝観時間・料金と境内への行き方は東大寺のページにまとめてある。

Q&A

Q東大寺東西楽門(東)はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは享保7年(1722年)の建立です。西の門は3年早い享保4年(1719年)です。
Q東大寺東西楽門(東)はどこにありますか?
A大仏殿を囲む廻廊の東側にあります。中門から東へ延びる廻廊の途中に開く門です。
Q東大寺東西楽門(東)と転害門は何が同じですか?
Aどちらも文化庁のデータベースで「三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺」とされる門です。転害門は奈良時代、東大寺東西楽門(東)は江戸時代の建物です。
Q東大寺東西楽門(東)はいつ重要文化財に指定されましたか?
A明治33年(1900年)に、中門・廻廊・西の門と同じ日に指定されました。
Q東大寺東西楽門(東)は見学できますか?
A外観は廻廊の外側の境内から無料で見られます。大仏殿の拝観中は廻廊の内側からも見られます。

基本情報

名称東大寺東西楽門(東)
所在地奈良県奈良市雑司町
指定区分重要文化財
指定年明治33年(1900年)
員数1棟
寸法三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺
所有者東大寺
公開状況外観は境内から見学可(無料)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):東大寺東西楽門(東)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2444
国指定文化財等データベース(文化庁):東大寺東西楽門(西)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2445
国指定文化財等データベース(文化庁):東大寺転害門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2440
東大寺:江戸再興
https://www.todaiji.or.jp/history/edoki/
東大寺:転害門
https://www.todaiji.or.jp/information/tegaimon/

最終更新日: 2026.10.02