東大寺東西楽門(西)は大仏殿の廻廊に開く江戸時代の八脚門

東大寺東西楽門(西)は、奈良県奈良市雑司町の東大寺で、大仏殿を囲む廻廊の西側に開く江戸時代中期の門で、享保4年(1719年)に建てられ、明治33年(1900年)に重要文化財に指定された。読みは「とうざいがくもん(にし)」で、西楽門とも呼ばれる。

大仏殿の前庭は、正面の中門と、中門から東西に延びる廻廊で囲まれている。東大寺東西楽門は、その廻廊の東と西に1棟ずつ設けられた門で、このページの西の門は、東の門より3年早く完成した。

東大寺東西楽門(西)と廻廊の建て直し

永禄10年(1567年)に焼けた大仏殿は、公慶の勧進によって宝永6年(1709年)に再建された。しかし寺の歴史解説によると、中門や廻廊が完工するにはそれからさらに30年を要した。

文化庁のデータベースで年代をたどると、中門が正徳4年(1714年)、東大寺東西楽門(西)が享保4年(1719年)、東の門が享保7年(1722年)、東西の廻廊が1716年から1737年にかけての建立である。西の門は、廻廊の工事が進むなかで、その途中に組み込まれる形で建てられたことになる。

東大寺東西楽門(西)の形式:三間一戸の八脚門

東大寺東西楽門(西)は、正面3間のうち中央の1間だけを通路とする三間一戸の八脚門で、屋根は切妻造、本瓦葺である。八脚門は、門扉を吊る中央の4本の本柱の前後に控えの柱を4本ずつ立て、計8本の控柱で屋根を支える形式をいう。

廻廊の屋根は一重で低く続くが、楽門の部分だけは切妻屋根が一段高く立ち上がる。廻廊の外から眺めると、長く延びる廻廊の中ほどに、門の位置がはっきりと分かる。

東大寺東西楽門(西)の指定

東大寺東西楽門(西)は、明治33年(1900年)に中門・廻廊と同じ日に、古社寺保存法のもとで指定され、現在は重要文化財である。文化庁のデータベースでは、西と東の門が同じ指定番号を持ち、管理上は別々の文化財として登録されている。

大仏殿・中門・廻廊・東西楽門は、いずれも江戸時代の再建事業で一体として整えられた建物群であり、西の門もその一部として大仏殿の前庭の構えを形づくっている。

東大寺東西楽門(西)の見学

東大寺東西楽門(西)の外観は、大仏殿の廻廊の外側の境内から料金なしで見ることができる。大仏殿の拝観中は、廻廊の内側からも門を見られる。門の内部や通行の可否について、寺の参拝案内に特別な記載はない。

大仏殿の入口は中門の正面左手(西側)にあり、西の門はその先の西廻廊に位置する。大仏殿の拝観時間・料金と境内への行き方は東大寺のページにまとめてある。

Q&A

Q東大寺東西楽門(西)はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは享保4年(1719年)の建立です。東の門は3年後の享保7年(1722年)です。
Q東大寺東西楽門(西)はどこにありますか?
A大仏殿を囲む廻廊の西側にあります。中門から西へ延びる廻廊の途中に開く門です。
Q東大寺東西楽門(西)の八脚門とはどんな形式ですか?
A門扉を吊る4本の本柱の前後に控柱を4本ずつ、計8本立てて屋根を支える門です。東大寺東西楽門(西)は正面3間で中央1間を通路とする三間一戸です。
Q東大寺東西楽門(西)はいつ重要文化財に指定されましたか?
A明治33年(1900年)に、中門や廻廊と同じ日に指定されました。西と東の門は同じ指定番号を持っています。
Q東大寺東西楽門(西)は見学できますか?
A外観は廻廊の外側の境内から無料で見られます。大仏殿の拝観中は廻廊の内側からも見られます。

基本情報

名称東大寺東西楽門(西)
所在地奈良県奈良市雑司町
指定区分重要文化財
指定年明治33年(1900年)
員数1棟
寸法三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺
所有者東大寺
公開状況外観は境内から見学可(無料)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):東大寺東西楽門(西)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2445
国指定文化財等データベース(文化庁):東大寺東西楽門(東)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2444
国指定文化財等データベース(文化庁):東大寺中門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2441
東大寺:江戸再興
https://www.todaiji.or.jp/history/edoki/
東大寺:境内案内図
https://www.todaiji.or.jp/information/keidai/

最終更新日: 2026.10.02