東大寺大湯屋は二月堂裏参道に建つ中世の浴堂

東大寺大湯屋は、奈良県奈良市雑司町の東大寺で二月堂の裏参道沿いに建つ室町時代中期の浴堂で、応永15年(1408年)の建立とされ、明治36年(1903年)に重要文化財に指定された。読みは「おおゆや」。

寺の案内によると、二月堂の北面から石段の登廊を西へ下り、参籠宿所と食堂のあいだを抜けると、塔頭の並ぶ裏参道に出る。その道の左手、田んぼの向こうに見える東西に長い建物が東大寺大湯屋である。僧が身を清めるための浴場で、重源が修復したとも、延応元年(1239年)に新造されたともいわれる。

東大寺大湯屋の形と内部の三つの区画

東大寺大湯屋は、桁行8間・梁間5間の一重の建物で、正面を入母屋造、背面を切妻造とし、妻の側を入口とする妻入、本瓦葺である。正面と背面で屋根の形を変えているのが外観の特徴になる。

寺によると、東西に長い内部は3つに分けられている。前面が湯室の前室、中央が浴室、後面が土間の釜場である。浴室では後ろの壁に接して風呂屋形が造られ、その中に大きな鉄の湯船が据えられている。往時は風呂屋形の中に簀子を敷き、湯を掛けて身を清めたとされる。

重源が造らせた鉄の湯船

東大寺大湯屋の湯船は、重源の命により、鋳物師の草部是助が建久8年(1197年)に造ったもので、湯船自体も重要文化財に指定されている。治承4年(1180年)の兵火のあと東大寺の復興を率いた重源は、建物だけでなく、僧の暮らしを支える設備の再建にも手を回していたことが分かる。

建物は文化庁のデータベースでは応永15年(1408年)とされ、湯船は建物より200年ほど古い。寺の案内は建物を鎌倉時代と表示しており、年代の位置づけには資料によって幅がある。

東大寺大湯屋が重要文化財に指定された理由

東大寺大湯屋は明治36年(1903年)に重要文化財に指定された(当時は古社寺保存法による)。

寺は、前室・浴室・釜場の構成と風呂屋形、鉄の湯船を残すこの建物を、中世の浴室の様子を伝える貴重な遺構と位置づけている。大仏殿や南大門のような礼拝や儀式の建物ではなく、寺の日々の営みを支えた実用の建物が、設備とともに中世の構成のまま残っている点に価値がある。

東大寺大湯屋の見学

東大寺大湯屋は非公開で、内部に入ることはできない。外観は、二月堂の裏参道から田んぼ越しに眺められる。正面の入母屋造と背面の切妻造の違いは、建物の側面方向から見ると分かりやすい。

二月堂から登廊を下って裏参道を歩けば、二月堂参籠所などとあわせて見ることができる。境内への行き方と東大寺全体の拝観条件は東大寺のページにまとめてある。

Q&A

Q東大寺大湯屋はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは応永15年(1408年)の建立です。寺は、重源が修復したとも、延応元年(1239年)に新造されたともいわれると案内しています。
Q東大寺大湯屋の中はどうなっていますか?
A前面が湯室の前室、中央が浴室、後面が釜場の3区画で、浴室の風呂屋形に鉄の湯船が据えられています。
Q東大寺大湯屋の鉄の湯船はいつ造られましたか?
A重源の命により、鋳物師の草部是助が建久8年(1197年)に造りました。湯船も重要文化財です。
Q東大寺大湯屋の中は見学できますか?
Aいいえ。非公開で、外観を裏参道から見るだけになります。
Q東大寺大湯屋はどこにありますか?
A二月堂から登廊を西へ下り、参籠宿所と食堂のあいだを抜けた裏参道沿いにあります。

基本情報

名称東大寺大湯屋
所在地奈良県奈良市雑司町
指定区分重要文化財
指定年明治36年(1903年)
員数1棟
寸法桁行8間、梁間5間、一重、正面入母屋造、背面切妻造、妻入、本瓦葺
所有者東大寺
公開状況非公開。外観は裏参道から見学可(無料)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):東大寺大湯屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2453
東大寺:大湯屋
https://www.todaiji.or.jp/information/oyuya/
東大寺:鎌倉再建
https://www.todaiji.or.jp/history/kamakuraki/
東大寺:二月堂
https://www.todaiji.or.jp/information/nigatsudo/

最終更新日: 2026.10.02