東大寺二月堂参籠所は修二会の僧がこもる鎌倉時代の建物
東大寺二月堂参籠所は、奈良県奈良市雑司町の東大寺二月堂の北西に建つ鎌倉時代後期の建物で、建治3年(1277年)から弘安5年(1282年)にかけて建てられ、明治39年(1906年)に重要文化財に指定された。読みは「にがつどうさんろうしょ」。
参籠は、寺社にこもって行を勤めることをいう。二月堂の修二会では、毎年12月16日の良弁の命日に、翌年の修二会に参籠する11人の僧(練行衆)の名が発表される。東大寺二月堂参籠所は、その名のとおり、修二会の行と結びついた宿所の建物である。
東大寺二月堂参籠所の規模と形
東大寺二月堂参籠所は、桁行10間・梁間4間の細長い一重の建物で、屋根は切妻造、本瓦葺である。二月堂の周りにある閼伽井屋(桁行3間)や仏餉屋(桁行5間)と比べると、横に長い規模が際立つ。
文化庁のデータベースは、年代を建治3年から弘安5年(1277〜1282年)とする。治承4年(1180年)の兵火から約100年後、東大寺の復興が上院の付属建物にまで及んだ時期の建物である。寛文7年(1667年)に二月堂が焼けたときにも、参籠所は残った。
東大寺二月堂参籠所が重要文化財に指定された理由
東大寺二月堂参籠所は明治39年(1906年)に重要文化財に指定された(当時は古社寺保存法による)。同じ日に法華堂手水屋と本坊経庫も指定されている。
修二会は、寺によれば天平勝宝4年(752年)に始まり、「不退の行法」として一度も途絶えることなく続いてきた行事である。その行を勤める僧の宿所が13世紀の建物のまま使われ続けていることに、この建物の価値がある。二月堂の周りには、閼伽井屋・仏餉屋とともに、行事を支える鎌倉時代の建物がまとまって残る。
東大寺二月堂参籠所を見る場所
寺によると、二月堂の北側から石段の登廊を西へ下ると、参籠宿所と食堂のあいだを抜けて、塔頭の並ぶ裏参道に出る。東大寺二月堂参籠所は、この登廊の脇に建っている。
登廊を下りながら見ると、10間に及ぶ切妻屋根の長さがよく分かる。裏参道を西へ進めば大湯屋があり、二月堂から大仏殿の北側へ戻る道すがら、修二会にかかわる建物を続けて見ることができる。
東大寺二月堂参籠所の見学
東大寺二月堂参籠所は僧の宿所であり、内部は公開されていない。寺の参拝案内にも公開の記載はない。外観は二月堂の登廊や裏参道から料金なしで見られる。
修二会の期間中(3月1日から14日まで)は練行衆が実際にこもって行を勤めており、周辺は混み合う。静かに見学したい。境内への行き方と東大寺全体の拝観条件は東大寺のページにまとめてある。
Q&A
- 東大寺二月堂参籠所はいつ建てられましたか?
- 文化庁のデータベースでは建治3年から弘安5年(1277〜1282年)の建立です。
- 東大寺二月堂参籠所は何に使われる建物ですか?
- 参籠は寺社にこもって行を勤めることで、修二会に参籠する練行衆と結びついた宿所の建物です。
- 東大寺二月堂参籠所の大きさは?
- 桁行10間・梁間4間の細長い一重の建物で、屋根は切妻造の本瓦葺です。
- 東大寺二月堂参籠所はどこにありますか?
- 二月堂の北側から西へ下る石段の登廊の脇にあり、寺は参籠宿所と食堂のあいだを抜けて裏参道に出ると案内しています。
- 東大寺二月堂参籠所の中は見学できますか?
- 内部は公開されていません。外観は登廊や裏参道から無料で見られます。
基本情報
| 名称 | 東大寺二月堂参籠所 |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県奈良市雑司町 |
| 指定区分 | 重要文化財 |
| 指定年 | 明治39年(1906年) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行10間、梁間4間、一重、切妻造、本瓦葺 |
| 所有者 | 東大寺 |
| 公開状況 | 内部非公開。外観は登廊・裏参道から見学可(無料) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):東大寺二月堂参籠所
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2456
- 東大寺:修二会
- https://www.todaiji.or.jp/annual/event/shunie/
- 東大寺:大湯屋
- https://www.todaiji.or.jp/information/oyuya/
- 東大寺:二月堂
- https://www.todaiji.or.jp/information/nigatsudo/
最終更新日: 2026.10.02