奈良県の国 宝
National Treasures of 奈良県奈良県に所在する国宝。
興福寺五重塔は奈良市登大路町の興福寺にある応永33年(1426年)の五重塔で、国宝。天平2年の光明皇后の創建以来の火災を経て再建され、総高50メートル余りで現存2番目の高さをもつ純和様の塔。令和15年度までの予定で大規模な保存修理中である。
興福寺三重塔は奈良市登大路町の興福寺にある鎌倉時代前期の三重塔で、国宝。康治2年に皇嘉門院の御願で完成し、治承4年の兵火後まもなく再建された。木割の細い平安時代風の優美な姿で、初重の内部に千体仏を描く珍しい形式をもつ。
興福寺東金堂は奈良市登大路町の興福寺にある応永22年(1415年)再建の金堂で、国宝。神亀3年に聖武天皇が元正天皇の病気平癒を祈って発願した堂で、前面の柱間をすべて吹放ちとする奈良時代以来の構えをもつ、室町時代の和様の代表作。
興福寺北円堂は奈良市登大路町の興福寺にある承元4年(1210年)の八角円堂で、国宝。養老5年に藤原不比等の一周忌に建てられた堂の再建で、創建時の平面を保ちつつ鎌倉時代前期の細部を見せ、三軒の軒や六角形断面の地垂木が珍しい。
新薬師寺本堂は奈良市高畑町に残る奈良時代の仏堂で国宝。長押を用いない簡素な構造と化粧屋根裏、直径約9メートルの円形仏壇を持ち、壇上には国宝の薬師如来坐像と十二神将立像が並ぶ。昭和27年に国宝に指定され、堂内は撮影禁止。
奈良県葛城市の當麻寺に建つ平安時代前期の三重塔で、昭和27年(1952年)に国宝に指定。高さは24.1メートル、相輪の宝輪は8つ。平成29年(2017年)の修理で、心柱の頂から7世紀後半の金・銀・金銅の舎利容器が見つかった。
奈良県葛城市の當麻寺に建つ奈良時代後期の三重塔で、昭和27年(1952年)に国宝に指定。寺に残る最古の建物で、初重は3間、二重・三重は2間という珍しい構成をもち、相輪は8輪、水煙は魚の骨のような意匠である。
奈良県葛城市の當麻寺で當麻曼荼羅を祀る本堂。修理で見つかった棟木銘から永暦2年(1161年)の建立とわかり、昭和27年(1952年)に国宝に指定された。奈良時代後期ごろの内陣を包み込む桁行7間の寄棟造である。
長弓寺本堂は奈良県生駒市上町の長弓寺にある弘安2年(1279年)の本堂で、国宝。棟木の墨書で建立年が分かり、桁行五間・梁間六間の入母屋造・檜皮葺に向拝を付ける。鎌倉時代の和様仏堂の代表作のひとつで、細部に大仏様の影響も見せる。
東大寺開山堂は初代別当良弁をまつる国宝の堂。正治2年(1200年)の大仏様の内陣を、建長2年(1250年)の移築で方3間に広げた。国宝の良弁僧正坐像は12月16日だけ開扉される。構造、指定の理由、拝観条件を紹介する。
東大寺金堂(大仏殿)は宝永6年(1709年)に落慶した三代目の大仏殿で国宝。正面を11間から7間に縮めつつ奥行と高さは創建時を踏襲し、寄木の柱や唐破風に江戸の工夫が見える。拝観時間・料金・撮影条件も記す。
東大寺鐘楼は承元年間(1207〜1210年)ごろに栄西が再建した国宝の鐘楼。大仏様を基盤に禅宗様を交えた構造が重さ26.3トンの創建期の大鐘を吊る。毎日午後8時に撞かれる鐘の時刻と、無料の見学方法も記す。
東大寺転害門は天平宝字年間ごろの奈良時代の八脚門で国宝。1180年と1567年の兵火を免れ、法華堂とともに創建期の姿を残す。建久の修理で出組に改められた組物、妻の二重虹梁蟇股、三棟造の天井と見学方法を紹介する。
東大寺南大門は正治元年(1199年)上棟の国宝で、重源が宋の技法による大仏様で再建した東大寺の正門。高さ25.46m、18本の通し柱と六手先の挿肘木、運慶・快慶らの金剛力士像の見どころと見学方法を紹介する。
東大寺二月堂は寛文9年(1669年)に徳川家綱を施主として再建された国宝の仏堂。懸造の舞台、内陣を外陣と局が取り巻く平面など修二会の行法に結びつく空間を受け継ぐ。24時間無料の参拝、撮影の決まり、修二会を紹介する。
東大寺法華堂(三月堂)は天平19年(747年)ごろの正堂に正治元年(1199年)の礼堂をつないだ国宝で、東大寺最古の建物。T字形の屋根、礼堂の化粧屋根裏、天平の仏像群、拝観時間・料金・撮影条件を紹介する。
東大寺本坊経庫は奈良時代の校倉造の経庫で国宝。断面三角形の校木を井籠に組む単倉で、東大寺に残る3棟の単倉のうち最大。江戸時代の正徳年間に現在地へ移されたと伝わる来歴と校倉の構造、公開の有無を順に紹介する。
般若寺楼門は奈良市般若寺町の般若寺にある文永年間(1264〜1274年)ごろの楼門で、国宝。一間一戸の珍しい楼門で、ほとんど和様からなるが、肘木の鼻に大仏様の影響を受けた繰形をもつ。形態がよく整った、鎌倉時代の異色ある楼門である。
法隆寺廻廊は金堂と五重塔を囲む飛鳥時代の国宝で、東廻廊と西廻廊の2棟からなる。南辺を東11間・西10間とした非対称の理由、胴張りの柱と虹梁の見方、平安時代中期に大講堂まで延長された経緯を詳しく解説する。
法隆寺経蔵は西廻廊の途中に建つ奈良時代の国宝で、二階建てに一重の屋根をのせる楼造として現存最古の遺構である。唐招提寺講堂に似た虹梁や蟇股、二階を広く使う柱の工夫、観勒の坐像と伏蔵の言い伝えを解説する。