奈良県の国 宝
National Treasures of 奈良県奈良県に所在する国宝。
法隆寺綱封蔵は二つの倉を一つの屋根で覆い、中央を吹き抜けにした平安時代の高床の倉で、国宝に指定されている。東大寺正倉院と並ぶ現存2棟の双倉のうち、本来の形を伝える唯一の例である。綱封の名の由来と見るべき点も解説する。
法隆寺五重塔は西院伽藍に建つ7世紀末の国宝で、現存最古の木造五重塔である。高さは約32.5メートル、心柱は594年伐採のヒノキ。初層の塑像群を格子越しに見るコツや、相輪に掛かる鎌の言い伝えも紹介する。
法隆寺金堂は西院伽藍の中心に建つ7世紀後半の仏堂で国宝。雲斗雲肘木の組物や卍崩しの高欄に飛鳥様式が残り、堂内では釈迦三尊像などを間近に拝観できる。昭和24年(1949年)の火災と壁画の再現模写についても解説する。
法隆寺西円堂は境内の西北隅の高台に建つ八角円堂で、建長2年(1250年)に再建された国宝である。夢殿より簡素な組物、創建時から残る礎石、乾漆の薬師如来坐像、毎年2月の修二会と追儺式について詳しく解説する。
法隆寺三経院及び西室は西院廻廊の西に建つ桁行19間の一棟で、寛喜3年(1231年)に再建された国宝である。南の三経院は住宅風の仏堂、北の西室は僧坊の姿を伝える。承暦の焼失からの来歴と夏の安居についても解説する。
法隆寺食堂及び細殿は西院伽藍の東に建つ二棟の国宝で、奥の食堂は奈良時代、手前の細殿は文永5年(1268年)ごろの建物である。政屋から食堂への転用、双堂の伝統、天平様式の骨格と屋根の反りの工夫を詳しく解説する。
法隆寺聖霊院は聖徳太子像を祀る鎌倉時代後期の国宝で、保安2年(1121年)に東室の一部を改めたのが始まり、弘安7年(1284年)に独立した堂となった。厨子の唐破風や住宅風の平面、参拝の仕方を解説する。
法隆寺鐘楼は延長3年(925年)の焼失後に再建された平安時代中期の国宝で、平安時代の楼造として唯一の遺構である。向かいの経蔵との違い、上層の補強、奈良時代の梵鐘、建立年代をめぐる二つの説を詳しく解説する。
法隆寺大講堂は延長3年(925年)の落雷による焼失後、正暦元年(990年)に再建された国宝の講堂である。桁行8間から9間へ広がった経緯、野小屋に見る国風化、堂内の薬師三尊像の拝観について詳しく解説する。
法隆寺中門は西院伽藍の正面に建つ飛鳥時代の二重門で国宝。正面4間で中央に柱が立つ珍しい構成と諸説、雲斗雲肘木や卍崩しの高欄、和銅4年(711年)の仁王像、後世の改変の跡、外から見学する方法を解説する。
法隆寺東院鐘楼は東院伽藍に建つ鎌倉時代前期の国宝で、下層を袴腰で包む形式の鐘楼として現存最古の例である。応保3年(1163年)の初見から再建・改造の経緯、二手先の組物、中宮寺伝来と伝わる天平の梵鐘を解説する。
法隆寺東院伝法堂は夢殿の北に建つ東院の講堂で、奈良時代の貴族住宅を移して仏堂に改めた国宝である。昭和の解体修理で明らかになった前身住宅の姿、講堂への改造、堂内の仏像と天蓋、年1回の公開について解説する。
法隆寺東院夢殿は斑鳩宮跡に建つ東院の中心の八角円堂で、天平11年(739年)の創立と伝わる国宝である。発掘で確かめられた宮跡、寛喜2年(1230年)の大改造、露盤宝珠、救世観音の特別公開について解説する。
法隆寺東大門は西院と東院を結ぶ道に建つ奈良時代の八脚門で国宝。昭和9年(1934年)の修理で分かった南向きからの移築、もとの位置をめぐる二説、三棟造に見る奈良時代の手法、通り抜けて見る方法を解説する。
法隆寺南大門は松並木の参道の先に建つ室町時代中期の八脚門で、永享10年(1438年)に再建された国宝である。中門の南から移された経緯、花肘木や出組に見る中世の華やかさ、東大門との違い、通り抜けの見方を解説する。
法隆寺東室は西院廻廊の東に建つ奈良時代の僧坊で国宝である。資財帳の第一の僧坊にあたり、南端は聖霊院となった。保安・永和の改造、創建時の形に復原された二つの房、弓なりの天井と古い転用材を詳しく解説する。
法起寺三重塔は奈良県生駒郡斑鳩町岡本にある飛鳥時代の三重塔で、国宝。慶雲3年(706年)ごろの建築とみられ、法隆寺五重塔と深い関係をもち、わが国に現存する最古の三重塔である。世界遺産の構成資産でもある。
奈良県宇陀市の室生寺五重塔は平安時代初期の塔婆で、高さ約16メートル。屋外に立つ五重塔としては最小とされ、境内で最も古い建造物でもある。水煙を持たない相輪と、平成10年の台風被害からの復旧が見どころ。
奈良県宇陀市の室生寺金堂は、平安時代前期の数少ない遺構として国宝に指定された仏堂。斜面へ張り出した床、大斗肘木の簡素な組物、外陣の化粧屋根裏に古式が残る。寛文12年に改めた正面一間の礼堂との段差が見どころ。
奈良県宇陀市の室生寺本堂(灌頂堂)は、延慶元年に供養された国宝の仏堂。灌頂の道場として内陣と外陣を桟唐戸と連子窓で厳重に分け、和様を基調に大仏様や禅宗様の手法が混じる。正面の蔀戸と側面の桟唐戸の違いも見どころ。