大阪府の登録有形文化財
大阪府 · 登録有形文化財
千早神社小宮(旧本殿)は明治七年建立で、境内の登録六件のうち最も古く、昭和三年まで本殿として使われた。一間社流造、建築面積一・三平方メートルの小社殿に、菊と波の彫刻や絵様を彫り込む。令和六年に登録有形文化財となった。
千早神社社務所は昭和七年建立、建築面積百二十七平方メートルと境内最大。式台棟・授与所棟・主体部の三つの切妻を参道へ突き出し、深い螻羽と薄い軒の対比が力強い正面をつくる。内部は続き間座敷。令和六年に登録された。
千早神社手水舎は昭和三年建立、面積一・六平方メートル。主柱を棟木まで通し、二段の腕木で軒桁を支える架構が、天井を張らない頭上にそのまま見える。中央に自然石組の手水鉢を置く。令和六年、歴史的景観への寄与を理由に登録された。
千早神社拝殿及び渡廊は昭和三年建立。背面中央の御扉を除き側廻りをすべて吹放ちとし、正面に立つと視線が建物を貫いて背後の森へ抜ける。設計は本殿と同じ大江新太郎による斬新な形式。令和六年に登録有形文化財となった。
千早神社本殿は、史跡千早城跡二の丸に建つ昭和三年建立の社殿。設計は明治神宮宝物殿を手がけた大江新太郎。桁行三間梁間二間の切妻造妻入で、細い木柄と扉の錺金具が見どころ。令和六年に登録有形文化財となった。
千早神社末社は本殿の北西、基壇上に南面して建つ昭和七年の小社殿。建築面積は二・五平方メートルながら円柱と長押で軸部を固め、南面各間に錺金具付きの扉戸を開く。縦長の懸魚や桁隠は本殿の意匠に通じる。令和六年に登録された。
大阪市旭区赤川の中條家住宅主屋は明治中期の農家主屋。つし二階建・入母屋造で出桁造の深い軒を張り出し、正面に土間の大戸と格子窓を残す。二階へは階段でなく梯子で上がる当初の形が保たれ、令和7年に登録された。
超心寺山門は大阪市天王寺区下寺町に建つ一間薬医門。江戸後期の建立とされ、大阪大空襲で伽藍を失った超心寺で唯一焼け残った。間口3.1メートル、切妻造本瓦葺。妻と中備に流水や雲紋風の蟇股を彫る。平成20年に国の登録有形文化財となった。
通天閣は大阪市浪速区新世界に建つ展望塔。明治45年の初代は昭和18年に解体され、地元出資により昭和31年に内藤多仲の設計で再建された。展望台は地上87.5メートルと94.5メートルの二段。平成19年に国の登録有形文化財となった。
塚本家住宅蔵(旧覚兵家住宅米蔵)は泉佐野市本町の角地に建つ江戸末期の土蔵。壁が二方の道筋に沿うため平面は台形で、桁行は南13メートル・北12メートル。切込矧の石積に載り、外壁は下見板張り。廻船問屋の蔵が並んだ町の記憶を留める建物である。
大阪府柏原市上市の築留二番樋は、大和川から長瀬川へ取水する長さ55メートルの煉瓦造単アーチ樋門。宝永2年の木樋を明治20年の洪水後に改築したもので、平成13年に登録有形文化財となり、今も農業用水を送り続けている。
佃家煎茶室主屋は大阪市中央区大手通にある煎茶室。昭和21年の建築、昭和34年の移築で、平成27年に国の登録有形文化財となった。丸太や面皮柱による数寄屋意匠に中国風の造作を交え、幽篁・梅溪・蘭風の三室を構える。
佃家煎茶室土蔵は大阪市中央区大手通に建つ嘉永元年(1848年)の土蔵造二階建。昭和16年に煎茶室「獨樂」へ改修され、平成27年に国の登録有形文化財となった。主屋の南西に建ち、磚を敷いた土間と中国風の窓桟を備える。
大阪府富田林市に佇む桃花塾教室棟は、1933年に建設された木造平屋建ての国登録有形文化財です。日本における私設知的障がい者施設の先駆けとして1916年に創立された桃花塾の一部であり、昭和初期の典型的な木造教育施設として建築的・歴史的価値が高く評価されています。簡素ながらも温もりを感じさせるその建築は、「生命への畏敬」という創設理念を今に伝えています。
大阪府富田林市にある桃花塾本館は、1933年に建てられた木造2階建の福祉施設で、国登録有形文化財に指定されています。知的障がい者支援の先駆的施設としての歴史と、簡潔で良質な昭和初期建築の魅力をご紹介します。
1922年に愛国貯蓄銀行本店として建てられた丼池繊維会館は、大阪・船場の丼池筋に佇む国登録有形文化財です。戦後は繊維問屋街の拠点として活躍し、2016年の革新的なリノベーションにより大正時代の外観を取り戻しました。タイル張りの外壁や優美な角の曲面処理など、100年の歴史を刻む近代建築の魅力をご紹介します。
1874年創立の日本最古級プロテスタント教会。建築家ヴォーリズが1922年に設計したロマネスク様式の赤煉瓦教会堂は、正面のバラ窓や木造トラスの礼拝堂が見どころ。国登録有形文化財・大阪府指定有形文化財。大阪メトロ肥後橋駅から徒歩5分。
大阪・深江の旧幸田家住宅乾蔵及び塀。敷地北西隅に石積みで入口を高くした「段蔵」を据えて低地の洪水に備え、二階建土蔵の西面には二連の円窓を見せ、延長37mの瓦塀と一体となって屋敷の角を束ねる。
大阪・深江の旧幸田家住宅表門。土蔵と乾蔵に挟まれて街路北面に開く両下造本瓦葺の門で、深く張り出す軒、太い扉と八双金具、屋敷へ上がる石段が旧庄屋の家格を示し、街並みの歴史的景観を形づくっている。
大阪・深江の旧幸田家住宅主屋。西の土間に床上七室が続く農家型の一階の上に、中廊下型の近代的な二階を重ね、四棟のうち唯一「造形の規範」として登録された昭和10年建築の近代和風住宅である。