江戸
Edo江戸時代(1603 – 1868)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
岡本家住宅主屋は和歌山県橋本市高野口町九重にある寛政4年(1792年)の茅葺の主屋で、登録有形文化財。庄屋を務めた旧家の住まいで、東を土間とした六間取に付書院だけの簡素な座敷をもち、木太い軸部が目を引く。
岡本家住宅長屋門は和歌山県橋本市高野口町九重にある江戸末期の平屋建の長屋門で、登録有形文化財。屋敷の南辺に開き、切妻造と入母屋造の屋根を段違いにつなぐ。通路の両側に納屋や牛小屋を設け、旧家の表構えを整える。
海南市黒江の尾崎家で最も古い棟で、主屋の背面西側に建つ座敷。江戸中期頃の座敷廻りに床・棚・付書院を備え、板欄間など繊細な数寄屋風の意匠でまとめる。北面と西面に土庇を廻し、大正期の整備で主屋とつながった。
旧橋本本陣池永家住宅主屋は、和歌山県橋本市の旧大和街道に面した享保16年以前の建築とされる木造2階建ての町家で、平成10年に登録有形文化財となった。建立年代の分かる町家として県下最古である。
旧橋本本陣池永家住宅土蔵は、和歌山県橋本市の旧大和街道に面して建つ江戸時代後期の木造2階建ての土蔵で、平成10年に登録有形文化財となった。街路に面した白壁が目を引き、主屋や表門とともに表構えをつくる。
旧橋本本陣池永家住宅離座敷は、和歌山県橋本市の本陣の敷地の奥、紀ノ川に面して建つ享和3年頃の木造平屋建ての座敷で、平成10年に登録有形文化財となった。紀州藩主が実際に宿泊した建物である。
楠本家住宅納屋は和歌山県橋本市清水の楠本家住宅で敷地南端に建つ江戸末期の平屋の納屋。桁行12間半の東西棟で、内側の北面は真壁、小路に面する南面は大壁に腰縦板張と軒裏塗込で整える。2005年に登録有形文化財。
和歌山県御坊市湯川町小松原の久保田家住宅主屋は、普請帳から文化5年(1808年)の建築と分かる入母屋造本瓦葺の民家。東に土間、西に2列3室の部屋を並べ、3本溝の差鴨居など古式を残す。2021年に登録有形文化財となった。
和歌山県御坊市湯川町小松原の久保田家住宅長屋門は、敷地南の小道に面して建つ江戸末期の切妻造本瓦葺の門。西の1間半を楣で固めた門口、東の2間半を蔵とし、背面の出桁造の軒を漆喰で塗り込める。2021年に登録。
興国寺開山堂は和歌山県由良町の興国寺の最奥の高台に建つ文政6年(1823年)頃の開山堂。宝形造本瓦葺の総ヒノキ造の三間堂で、仏壇の下に開祖法燈国師の墓である宝篋印塔を安置する。令和7年(2025年)登録。
興国寺坐禅堂は和歌山県由良町の興国寺で法堂の北に建つ江戸後期の坐禅堂。入母屋造の前堂に後堂が接続するT字形の平面で、四半敷の土間の両端に畳敷の単を設ける。令和7年(2025年)に登録有形文化財となった。
興国寺法堂は和歌山県由良町の興国寺の中心に建つ寛政9年(1797年)の禅宗仏殿。方五間二重の入母屋造本瓦葺で軒唐破風と千鳥破風を重ね、四半敷の土間の上に龍を描く鏡天井を張る。令和7年(2025年)登録。
興国寺方丈は和歌山県由良町の興国寺で法堂の東に西面して建つ元禄11年(1698年)の方丈。寄棟造本瓦葺で向唐破風の玄関を突出し、3列6室に広縁を廻らす。側通りに1間ごとに柱を立てる古式を残し、令和7年(2025年)登録。
神野阿弥陀堂は和歌山県伊都郡かつらぎ町東谷にある貞享3年(1686年)の仏堂で、登録有形文化財。葛城山間の集落の北に南面する寄棟造・茅葺(金属板仮葺)の三間堂で、ケヤキの円柱とクリの角柱を使い分け、紀北地域の村堂の事例として貴重である。
坂部家住宅主屋は和歌山市府中に建つ江戸後期の農家で、文久2年(1862年)に有田市箕島からいかだで運ばれ移築された。桁行9間・梁間7間の入母屋造本瓦葺で、黒漆喰の壁に木瓜形の虫籠窓。2006年登録、内部は非公開。
坂部家住宅門長屋は和歌山市府中の屋敷の正門で、江戸末期の長屋門形式。間口19m、入母屋造本瓦葺で、門口の北にウシベヤ、南にウマベヤほかの部屋が並ぶ。ウマベヤに馬とどめの柵が残る希少な遺構として2015年登録。
本堂の西に東面して建つ淨願寺の庫裏。江戸後期の木造平屋で、正面南寄りに唐破風造の式台玄関を構える大規模な住居。内部は南の土間と北の8室からなり、北西の上段の間に武家の作法を残す。令和6年登録の有形文化財。
境内南辺東寄りの通りに面する淨願寺の山門。江戸後期建立の一間一戸切妻造本瓦葺の薬医門で、両脇に袖塀を付す。虹梁や肘木の絵様彫刻が華やかで、六棟の登録建造物で最も装飾に富む。令和6年に登録有形文化財となった。
本堂の南西、切石積基壇上に建つ淨願寺の鐘楼。江戸後期建立の方一間切妻造本瓦葺で、礎盤上に角柱を四方転びに立て総ケヤキ造とする。蟇股や懸魚を彫刻で飾る上質な一棟で、夏には鐘がつかれる。令和6年登録の有形文化財。
本堂の南に建つ淨願寺の手水舎。江戸後期の建立で昭和54年に現在地へ移築された。わずか5.2平方メートルながら降棟付きの入母屋本瓦葺とし、四方転びの角柱に詰組、吹寄垂木、格天井を備える。令和6年登録の有形文化財。