江戸
Edo江戸時代(1603 – 1868)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
高知県奈半利町の旧道に建つ、寛政7年創業の造り酒屋・質屋増田屋の主屋。江戸末期の木造2階建で切妻造・平入、西の妻面と正面2階に水切瓦を付ける。平成12年(2000年)に登録有形文化財に登録、内部非公開。
佐賀県多久市の多久聖廟は、領主多久茂文が学問所の象徴として宝永5年(1708年)に完成させた孔子廟。禅宗様の三間堂にもこしを付け、中国風の彫刻と彩色で飾る。昭和8年に重要文化財、廟内は釈菜の後に公開される。
佐賀市富士町上無津呂の吉村家住宅は、桁行15.1メートルの寄棟造茅葺の民家。西北隅の側桁継手部に残る墨書が天明9年の建築を実証し、県下で年代の明らかな最古の民家となった。附指定の断片から見学可否までを記す。
医王寺山門は佐賀県唐津市相知町黒岩にある医王寺の本堂の正面に建つ文政4年(1821年)の木造の薬医門で、登録有形文化財。切妻造・桟瓦葺で、控柱の間の中備に雲紋の蟇股を飾り、全体に木太い印象をもつ門である。
医王寺本堂は佐賀県唐津市相知町黒岩にある安永7年(1778年)の木造平屋建の本堂で、登録有形文化財。境内の後方中央に西面して建つ入母屋造・桟瓦葺の六間取方丈形式で、標準的な曹洞宗本堂の姿をよく伝えている。
佐賀市の願正寺貴賓室は本堂北東に建つ18世紀前期の客殿。10畳の書院座敷と20畳の奥の間からなり、筬欄間や竹節欄間、面皮付床柱、漆塗の床框に上質な造作を残す。令和3年(2021年)登録、内部は非公開。
佐賀市の願正寺鐘楼は明和5年(1768年)再建。赤石の切石乱積基壇は元禄9年の建立時のものとされ、袴腰の下層、三斗と蟇股の上層に高欄付の縁を回す。佐賀城下の時鐘と伝わり、今も大晦日の除夜会に鐘をつく。
佐賀市呉服元町の願正寺本堂は元禄15年(1702年)建立、正面9間の入母屋造本瓦葺の真宗本堂。外は簡素、内は欄間彫刻と長大な虹梁で飾る。2021年登録。外観は境内から自由に見られ、堂内は法要の際に参拝できる。
佐賀県小城市の小柳酒造主屋。江戸後期の切妻造・妻入の塗屋造町家で、木造2階建、建築面積205平方メートル。道路拡幅で正面の下屋を失った経緯、桁行をめぐる資料間の食い違い、売店部分の見学条件までを解説する。
佐賀市本庄町の庄野家住宅金蔵は、佐賀城本丸の御蔵を移築した江戸末期の土蔵造二階建。腰高の竪板張と漆喰塗の外壁、曲線状の揚塗による軒裏を残し、令和4年(2022年)に国の登録有形文化財となった佐賀城の遺構である。
佐賀県嬉野市塩田町、杉光陶器店主屋の後方に建つ江戸時代末期の土蔵。切妻造、瓦葺、建築面積89平方メートル。切石積の土台に縦板貼りの外壁を載せる。敷地の背後はかつて塩田川に面し、河川から物資が出入りしたと伝わる。
佐賀県嬉野市塩田町、杉光陶器店主屋の北側に建つ江戸時代末期の土蔵。切妻造妻入、瓦葺、建築面積69平方メートル。明治末から大正初めにかけ地元出資の銀行店舗として使われ、街道に面した正面には改造時の煉瓦壁が残る。
佐賀県嬉野市塩田町、重要伝統的建造物群保存地区の塩田津に建つ江戸時代末期の大型町家。木造三階建、瓦葺、建築面積258平方メートル。入母屋造妻入の居蔵造で、平成10年に国の登録有形文化財となった。現在も陶磁器店とカフェとして使われている。
野中烏犀圓は佐賀県佐賀市材木にある寛政8年(1796年)の木造2階建の店舗で、登録有形文化財。寛永3年創業と伝わる老舗の薬問屋で、漆喰壁の正面中央の大破風と看板を吊るす屋形が江戸の商家の風情を伝え、長崎街道の景観をつくる。
前田家住宅主屋は佐賀県伊万里市にある大庄屋前田家の住まい。江戸後期のくど造の茅葺民家で建築面積291㎡。土間に続く居室と、格に応じた座敷から上段の間まで並ぶ。2001年に登録有形文化財となり、公開日に内部を見学できる。
前田家住宅水車小屋は佐賀県伊万里市の前田家住宅で、西の蔵の北に接し街路に面する江戸後期の作業小屋。明治後期に改造され、南端を2階建として階下を裏庭への門口とする。水車は失われたが軸部と外観が残り、2001年に登録有形文化財となった。
前田家住宅東の蔵は佐賀県伊万里市の前田家住宅で、主屋座敷部の東端にある上段の間の北に続く江戸後期の土蔵。南の戸口が上段の間に通じ、東面にも2か所の戸口を開く座敷蔵で、2001年に登録有形文化財となった。
埼玉県川越市の喜多院は、寛永15年(1638年)の大火のあと徳川家光が江戸城紅葉山の別殿を移して復興したと伝わる天台宗寺院。客殿・書院・庫裏・慈眼堂・鐘楼門・山門の6棟が重要文化財で、内部も拝観できる。
旧新井家住宅は埼玉県秩父郡長瀞町にある江戸中期の民家で、昭和46年に国の重要文化財に指定された。屋根裏から出た延享2年の祈祷札が建立年の根拠となる。石を置いた板葺屋根は秩父で唯一の現存例。内部まで公開されている。
加藤家住宅主屋は、さいたま市岩槻区古ヶ場に残る安政6年頃の大規模農家。桁行十一間半の寄棟造で、東半を土間とし床上部は三室二列の六室。ブツマには打ちこわしに備えたと伝わる格子戸が四周に残る。平成29年登録、外観のみ公開。